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新垣結衣、映画『正欲』で魅せた新境地 親しみやすいイメージ覆す繊細で生々しい変化

映画『正欲』場面写真
新垣結衣が見せた新境地に注目が集まる(C)2021 朝井リョウ/新潮社  (C)2023「正欲」製作委員会
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稲垣吾郎さん(49歳)と新垣結衣さん(35歳)が共演した映画『正欲』が11月10日より公開中です。朝井リョウさんの同名小説を映画化した本作は、多様性の大切さが叫ばれる昨今において、「真の多様性とは何か?」と観客に問いかけるもの。俳優たちの掛け合いも素晴らしい、現代に必要なテーマを持った作品に仕上がっています。今回は、本作の見どころや新垣さんの演技について、映画や演劇に詳しいライターの折田侑駿さんが解説します。

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『桐島、部活やめるってよ』『何者』などの朝井リョウの小説を映画化

本作は、『桐島、部活やめるってよ』や『何者』、今年は『少女は卒業しない』も映画化された朝井リョウさんの同名小説を映画化したもの。

映画『正欲』ポスタービジュアル
(C)2021 朝井リョウ/新潮社  (C)2023「正欲」製作委員会
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2016年公開の『二重生活』でデビューし、『あゝ、荒野 前・後編』(2017年)や『前科者』(2022年)を手がけてきた岸善幸監督の最新作です。新作が公開されるたびに話題となる監督が朝井さんの小説を映画化したとあって、楽しみにしていたかたが多いのではないでしょうか。

『あゝ、荒野』でも岸監督とタッグを組んだ港岳彦さんが脚本を担当し、稲垣さんや新垣さんといった俳優陣を主要な役どころに配置。手堅くも挑戦的な作品となっています。

異なるバックグラウンドを持つ5人の男女の関係が交差する

横浜に住む検事の寺井啓喜(稲垣)は、自分の中に明確な“正しさ”を持つ人物。そんな彼は不登校になった息子の教育方針をめぐり、たびたび妻と衝突しています。

映画『正欲』場面写真
(C)2021 朝井リョウ/新潮社  (C)2023「正欲」製作委員会
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一方、広島のショッピングモールで販売員として働く桐生夏月(新垣)。彼女は実家で暮らし、満たされない日々を送っています。

そんなある日、中学時代に転校していった男性が地元に戻ってきたことを夏月は知るのです。

そして同じ頃、大学の学園祭の「ダイバーシティ」をテーマにしたイベントで、ダンスサークルの出演を計画した女子学生は、そのサークルに所属する男子学生のことが気にかかっていました。彼は大学の“ミスター”に選ばれるような存在でありながら、いつも浮かない表情で過ごしています。

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(C)2021 朝井リョウ/新潮社  (C)2023「正欲」製作委員会
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それぞれに異なるバックグラウンドを持つこの5人の関係が、やがて交差していくことになるのです。

稲垣吾郎らがキャリア最高の演技を披露

岸監督作品の優れた点はいくつも挙げられますが、そのうちのひとつが俳優陣の演技です。たとえば、『あゝ、荒野 』では菅田将暉さんが気性の荒いボクサー役を演じて高く評価され、『前科者』では森田剛さんが止むに止まれぬ状況で罪を犯してしまった男性を演じ、これまた反響を呼びました。

本作もやはりそう。メインで登場する5名の俳優が、キャリア最高の演技を披露しているように思います。

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(C)2021 朝井リョウ/新潮社  (C)2023「正欲」製作委員会
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稲垣さんといえば、近年はとくにアクティブな俳優活動を展開している存在です。昨年は映画『窓辺にて』で主演を務め、完璧なまでの役へのハマりっぷりが大きな話題になりました。今年は主演舞台『多重露光』の幕が下りたばかり。そして畳み掛けるようにこの『正欲』が公開されたというわけです。

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(C)2021 朝井リョウ/新潮社  (C)2023「正欲」製作委員会
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本作で演じる検事の寺井啓喜は、あらすじで触れたように、自分の中に明確な“正しさ”を持つ人物。自分の中の“当たり前”や“普通”が、世の中的にもそうだと信じてやまない男性です。周囲の人物の言動を自身の基準に合わせて受け流すさまを稲垣さんが体現。一部の観客に彼のそれは“当然”のことのように受け取られるかもしれませんが、筆者はある種の冷酷さを感じ、恐怖を覚えました。

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(C)2021 朝井リョウ/新潮社  (C)2023「正欲」製作委員会
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満たされない日々を送る夏月の人生に再登場する中学時代のクラスメイト・佐々木佳道を演じるのは磯村勇斗さん。話題作への出演が相次ぐ彼ですが、本作もまたそのひとつ。誰にも言えない秘密を抱え、やがてそれを夏月と共有することで変わっていくさまを丹念に表現しています。

そして、多くの観客に驚きを与えるであろう存在が、「ダイバーシティ」をテーマにしたイベントに関わる神戸八重子を演じる東野絢香さんと、ダンスサークルの一員である諸橋大也を演じる佐藤寛太さんです。

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(C)2021 朝井リョウ/新潮社  (C)2023「正欲」製作委員会
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東野さんは舞台を中心に活動してきた俳優で、映画への出演はこれが初。劇団EXILEのメンバーである佐藤さんはすでに多くのドラマや映画に出演していますが、真の代表作と呼べる作品にはまだ出会えていない印象がありました。そんなふたりが感情をぶつけ合い、演じるキャラクターの“生命”をスクリーンに刻みつけています。本作への出演を機に、さまざまな作り手からのラブコールが止まなくなるのではないでしょうか。

そんな座組の中心に立つひとりが、新垣さんなのです。

国民的ヒロイン・新垣結衣の新境地

“ガッキー”の愛称で親しまれ、「国民的俳優」や「国民的ヒロイン」といっても差し支えない新垣さん。2000年代なかばに俳優デビューをしてからというもの、絶えず最前線を走ってきた存在です。

ドラマ『コード・ブルー -ドクターヘリ緊急救命-』(フジテレビ系)や『リーガル・ハイ』(フジテレビ系)などシリーズ化されたものをはじめ、比較的近年の代表作といえば、『逃げるは恥だが役に立つ』(2016年/TBS系)や『獣になれない私たち』(2018年/日本テレビ系)、そして大河ドラマ『鎌倉殿の13人』(2022年/NHK総合)あたりでしょう。いずれも主役か主要な役どころで出演し、作品のヒットに貢献しました。

“ヒットする”というのは、ある種の「大衆性」を作品が持っている証ではないでしょうか。ひるがえってそれは、一部の人間だけに愛される“アート性”や“作家性”の強い作品ではないともいえると思います。

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この『正欲』が“大衆性”を持っているかといえば、そうではありません。そもそもモチーフになっているのは“多様性”や“マイノリティ”といったもの。「まったく分からない」という人だっているかもしれません。

本作での彼女の演技は決して分かりやすいものではありません。スクリーンを凝視しなければ、その表情の揺れに気づかないかもしれない。ここに、新垣さんが俳優として次のフェーズに進もうとしている姿勢が感じられます。そしてそれは称賛すべきレベルにまで達していると思うのです。

パブリック・イメージを覆す

新垣さんは映画やドラマだけでなく、非常に多くのCMに出演する存在としても認識されているでしょう。何かしらの商品の広告塔ですから、そのほとんどで彼女は笑顔を見せています。親しみやすい、“大衆性”の象徴だともいえるものです。

けれども本作の新垣さんは、その真逆のパフォーマンスに徹しています。つねに表情には翳りがあり、声にはハリがなくてうまく相手に届かない。彼女が演じる夏月には、どこか“あきらめ”のようなものを感じます。これはつまり、他者と関係を結ぶことに対してです。

観客の多くが夏月の様子を見て不安になるのではないかと思います。それほどまでに、彼女からはネガティブなものを感じます。

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(C)2021 朝井リョウ/新潮社  (C)2023「正欲」製作委員会
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ですが、夏月はやがて佳道という特別な存在と出会い、変わっていく。彼女にとっては彼が唯一の、対等な関係を結ぶことのできる人物です。最初は戸惑いながらも、夏月の表情や声にはしだいに“色”が感じられるようになります。新垣さんが示すこの微細な変化は、映画を上映する環境の整った場所で観てこそ触れられるものでしょう。

新垣さんのパブリック・イメージが向日葵だとしたら、物語の序盤の夏月はその造花です。そして少しずつ、本物に近づいていく。

新垣さんが示す変化のグラデーションは、じつに繊細で生々しいもの。これまでの代表作で見せてきたものとはまったく違うアプローチです。ひとりの俳優として勝負し、いまの社会で“マイノリティ”とされる存在の切実な訴えを体現してみせているのです。

真の多様性とは?

“多様性”という言葉が横溢し、これを重んじようとする態度がある種のブームのようになっている現代社会。というと、少しトゲがあるでしょうか。ですが、個々の違いを認め合い、受け入れ合おうとする姿勢は、確実に流行っているように思います。つまり、あくまでもそういったポーズを取っているに過ぎない人が、少なくないということです。

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もちろん、格好から入ることで変わる人もいるかもしれません。しかし、真に他者を理解するのはとても難しいことだと思います。理解したつもりでも、“つもり”でしかないことは往々にしてあります。本作が突いているのは、ここです。

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「真の多様性とは何か?」と考えてみても、なかなかその答えを出すことはできない。個々の思う“多様性”に収まらない人だっているのです。私たちにできるのは、考え続け、想像し続けること。本作を観て改めてそう思いました。

◆文筆家・折田侑駿さん

文筆家・折田侑駿さん
文筆家・折田侑駿さん
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1990年生まれ。映画や演劇、俳優、文学、服飾、酒場など幅広くカバーし、映画の劇場パンフレットに多数寄稿のほか、映画トーク番組「活弁シネマ倶楽部」ではMCを務めている。https://twitter.com/yshun

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