
人生100年時代を迎え、多くの人がひざの痛みや歩行のトラブルを抱えています。60代から急に増える「変形性膝関節症」という病気は代表例といえるでしょう。加齢とともにひざの軟骨はすり減り、歩くときに痛みが出たり、歩けなくなったりと健康寿命に大きく影響します。「軟骨は、一度すり減ったら戻らない。自力では戻せない……」と言われることもありますが、自力で治すことも可能だといいます。どんな方法をとればいいのでしょうか。ひざ関節を専門とする整形外科医の巽一郎さんの著書『痛みが消えてずっと歩ける 100年ひざ』(サンマーク出版)から一部抜粋、再構成して紹介します。【前後編の後編】
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ひざの関節軟骨と半月板の中央の薄い部分には神経や血管がありません。
つまり「あ、すり減った」「しまった、裂けた」と気づいたり、すぐに痛みを感じたりするようなことはないのです。
そして、血管がないということは、指を切ったときのように「炎症→痛み→患部に血が集まる→線維で覆う→修復」のサイクルで速やかに治らないということです。この特徴のせいで「軟骨は再生しない」という誤解が生じたのかもしれませんね。
しかし、軟骨も日常的に損傷・修復は行われています。血管はなくても、必要な栄養補給や代謝のルートはちゃんとあるからです。
血管の代わりにはたらいているのは「関節包」という関節を包む袋の内側の膜、「滑膜」です。滑膜の細胞から関節包内の関節液が分泌され、軟骨細胞に栄養を補い、不要な老廃物を引き受けてくれます。

この栄養・代謝を促すには、関節を動かして、関節包を伸ばしたり縮めたりして滑膜に刺激を与えることが有効です。つまり、ずっとじっとしているのもあかん、のです。
これはからだのどこの関節も同じで、骨折などした場合になるべく早くリハビリテーションを行うのは、関節軟骨の栄養や代謝を促すためにも大事なことです。それを怠ると骨はくっつきますが、関節が固まってしまいます(関節拘縮)。
具体的には、関節軟骨の栄養・代謝を促すには、関節包(その袋の裏側を張っている滑膜)を伸び縮みさせ、滑膜細胞に刺激を与える運動が効果的です。これは、僕が大阪市立大学整形外科に入局したときの教授だった山野慶樹先生が考案し、論文も書かれた方法でそれを僕なりに改良したのが、「足放(あしほう)り体操」です。
手で脚をかかえ、太ももの筋肉は脱力した状態で、手で放り出すようにして振り出すのがより有効なやり方です。
脚に力が抜けた状態で放ると、スリッパを履いていたら、気持ちよくスリッパが飛んでいきます。
ひざから下(下腿といいます)を腕の力で30回放ると、滑膜が伸び縮みします。関節の間隔も広がり、関節液が軟骨をうるおしてくれます!
危険!「起きぬけ」「ずっと同じ姿勢」は軟骨カラカラ乾燥状態
そしてこの「足放り」はぜひ寝起きの習慣にしていただきたい!

なぜ朝、一番に行うことを推奨するのか。それには理由があります。朝起きたときが一番「軟骨が乾燥している」からです。
軟骨の中の水は、寝ている間に下へと落ちていきます。1時間後に寝返りを打つと、また水は反対側へ移動します。みなさん寝ている間はあまり動きませんよね。どんなに寝相が悪い人でも、寝起きのときが軟骨はもっとも乾燥しています。乾いているときほど、軟骨はへしゃげたら元に戻りにくい!
朝起きたら、トイレに行きますよね?
寝床からトイレまで、僕の統計では「平均17歩程度」歩きますが、その移動時にも体重の5倍が軟骨にかかるわけです。それも水のうるおいがない乾燥した軟骨はもっとも壊れやすい。豪邸住まいで、寝床からトイレが遠いほど、軟骨がへしゃげてしまいます。
同様に、しばらくデスクワークで同じ姿勢をしていたあとや、つい集中して好きなドラマを2、3本一気見したあとなどに「急に立ち上がる」ときもダメージは大きい!
立ち上がる前、体重をかける前、一歩踏み出す前に、30回、足を放って、それから動くようにしましょう。
左右30回放るといっても、1分ちょっとでできます。それだけで軟骨はヌルヌル液で満たされ、割れにくくなるのです。ぜひ習慣にしてください。
関節軟骨がなくなっても代役「線維軟骨」ができる
関節は、袋状の関節包に包まれています。関節包の内側にあたる滑膜が伸び縮みすると、滑膜細胞に刺激が加わり、滑膜細胞からヌルヌルとした関節液が分泌されます。この液は水分やヒアルロン酸、コンドロイチンといった、滑るための成分と軟骨の栄養成分や成長因子が含まれています。

いくらかへしゃげて、減っていたとしても、関節軟骨(硝子軟骨)が残っていれば、関節液の栄養補給により修復(再生)されます。「足放り体操」をして、軟骨にしっかりと栄養を与え、日常の活動をしてください。
一方、変形性膝関節症の中期以降、大腿骨と脛骨がぶつかり、軟骨がなくなり、その下の骨が微小骨折を起こしているような場合も、あきらめず「足放り体操」などに取り組んでいただくことが大切です。
というのも、関節軟骨(硝子軟骨)が完全になくなってしまった場合は、栄養が供給されても、関節軟骨が再生することはないのですが、その代わりとしてはたらく「線維軟骨」ができるのです。
変形性膝関節症の治療法の1つに「骨切り術」という手術法があります。この手術法を行ったあとに、脚がまっすぐになって、ひざの痛みもなくなる人がおられます。骨切り術後に痛みがなくなった人のひざを、関節鏡でのぞいたドクターが、まったく軟骨がなくなっていた場所に、線維軟骨が生じていたことを報告しています。
この骨切り術でなぜひざの痛みが取れるかというと、それは歩くときの荷重のかかる場所が変わるから。
変形性膝関節症の中期以降、歩くときの荷重がひざの内側を通っていたのが、骨切り術によって、その荷重がひざ関節の真ん中に戻るからです。痛かった内側ひざ関節には隙間が生まれ、外側ひざ関節の軟骨は残っていますから、痛みなく歩けます。なくなってしまっているひざの内側の軟骨は、骨どうしが当たらずにすみ、歩行時は「足放り体操」のように、振っている状態――関節内の骨どうしの間隔が広がり、滑膜が伸び縮みし関節液が軟骨をうるおしている状態──になるわけです。
骨どうしが当たらない状態で足を振ることで内側には線維軟骨が再生されます。これは指を切った後、炎症が起こった結果、線維で覆われて再生するメカニズムと同じです。
じつはたつみ式保存療法は、この骨切り術と同じメカニズムで線維軟骨を再生させます。
しかし、「足放り体操」で線維軟骨が誘導されたとしても、今までの歩き方のまま歩いてしまうと、新しく再生された軟骨はすぐにつぶされてしまいます。そこで「軟骨を減らさない歩き方」が重要になります。
日本人の変形性膝関節症の9割は、O脚によるものですが、これは、ひざの内側軟骨がすり減っていくものです。この、日本人に多いタイプの変形性膝関節症に有効なのが、内転筋を使った「内もも歩き」です。


内ももの筋肉(内転筋)を使い、ひざを内側に入れることで、大腿骨と脛骨の間に隙間をつくって、親指側に重心を移動させて歩く歩き方が「内もも歩き」です。
内もも歩きのポイントは、歩く前に、座ったままひざに手を置き、体重をかけて〝普段のひざの状態とは逆〟の親指重心の練習をすること。足の小指を浮かせて着地するのを、まずは座った姿勢でやってみます。
一方で、X脚由来による変形性膝関節症の方には、「一直線歩き」をすすめています。歩みを進めるときに、前に降り出した足を、後ろ足のすぐ前に着地し、一直線上に歩く方法です。
O脚の方も、X脚の方も、このように歩き方を変えることで、大腿骨と脛骨がぶつかって起こる微小骨折を防ぐことができれば、激痛はなくなります。そして、「足放り体操」によって再生した軟骨を減らさずに歩けます。
◆教えてくれたのは:整形外科医・巽一郎さん

1960年生まれ。医師。一宮西病院整形外科部長・人工関節センター長。ひざのスーパードクター。静岡県立薬科大学薬学部卒業後、大阪市立大学医学部に入学。卒業後は同附属病院整形外科に入局し手術三昧の日々を送りながら、米国(メイヨー・クリニック)と英国(オックスフォード大学整形外科留学)などに学び、世界最先端の技術を体得。日本屈指の技術と、患者の立場に立った診療方針で全国各地から人が絶えない。評判の手術の腕の一方で「すぐには切らない」医師として話題を集める。湘南鎌倉総合病院人工膝関節センター長を15年務めた後、2020年より一宮西病院人工関節センター長に。