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林遣都はかなりの技巧派俳優 映画『隣人X -疑惑の彼女-』で魅せたリアルな身体パフォーマンス

映画『隣人X —疑惑の彼女-』場面写真
(C)2023 映画「隣人X 疑惑の彼女」製作委員会 (C)パリュスあや子/講談社
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上野樹里さん(37歳)が主演を務め、共演に林遣都さん(33歳)を迎えた映画『隣人X -疑惑の彼女-』が12月1日より公開中です。作家・パリュスあや子さんの小説を映画化した本作は、“よそ者”に対する人々の警戒心や偏見が溢れる中、とある男女の心の交流を描いたもの。現代社会を反映したような、切実なテーマを持った作品に仕上がっています。今回は、本作の見どころや林さんの演技について、映画や演劇に詳しいライターの折田侑駿さんが解説します。

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上野樹里×林遣都の初共演作

本作は、第14回小説現代長編新人賞を受賞したパリュスあや子さんの小説を、実写版『心が叫びたがってるんだ。』(2017年)や『おもいで写眞』(2021年)などの熊澤尚人監督が新たな視点を盛り込み映画化したもの。

映画『隣人X —疑惑の彼女-』ポスタービジュアル
(C)2023 映画「隣人X 疑惑の彼女」製作委員会 (C)パリュスあや子/講談社
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故郷を追われた“惑星難民X”を受け入れる日本を舞台に、“よそ者”に対する人々の警戒心や偏見、恐怖、そしてそれらを乗り越えた先にある心と心の結びつきを描き出している作品です。

主演の上野樹里さんは『虹の女神 Rainbow Song』(2006年)で、林遣都さんは『DIVE!!』(2008年)で、それぞれ熊澤監督とタッグを組んだ経験があります。つまりは両者ともに、キャリアの初期の時点で熊澤作品に参加をしている。

映画『隣人X —疑惑の彼女-』メインビジュアル
(C)2023 映画「隣人X 疑惑の彼女」製作委員会 (C)パリュスあや子/講談社
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そんなふたりが長い時を経て再び熊澤作品に参加し、初共演を果たしているのです。

“誰かを愛すること”の真実を描いた物語

物語の舞台は、故郷を追われた“惑星難民X”の受け入れを発表した日本。

Xは人間の姿をそっくりにコピーし、この社会の日常に紛れ込んでいます。Xがどこで暮らし、何を目的としているのか誰も知りません。人々は不安や恐怖を抱き、もしかすると隣にいるかもしれないXを見つけ出そうと躍起になります。

映画『隣人X —疑惑の彼女-』場面写真
(C)2023 映画「隣人X 疑惑の彼女」製作委員会 (C)パリュスあや子/講談社
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そんなある日、週刊誌記者の笹憲太郎(林)はスクープのために自らの正体を隠し、Xかもしれないとされる柏木良子(上野)へと近づきます。

映画『隣人X —疑惑の彼女-』場面写真
(C)2023 映画「隣人X 疑惑の彼女」製作委員会 (C)パリュスあや子/講談社
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2人の距離が縮まっていくうち、やがて笹の中には本当の恋心が芽生えることに……。けれども彼は、良子がXかもしれないという疑念も捨てきれずにいます。

良子への想いと本音を打ち明けられない笹は、罪悪感に苛まれ板挟み状態に。そうして日々を過ごしていくうち、彼はひとつの“真実”にたどり着くのです。

上野樹里を筆頭とした手堅い布陣

本作はSF、ミステリー、ラブストーリー……と、いくつものジャンルを横断しながら物語を展開させていくもの。これが7年ぶりの主演作となった上野さんを筆頭に、手堅い布陣によって実現しています。

上野さんが熊澤監督とタッグを組むのはなんと17年ぶりのことで、『虹の女神 Rainbow Song』は彼女のキャリア初期の傑作です。こうして再タッグを組むことにはそれ相応の覚悟が必要だったはず。台本を読んですぐに監督に電話をかけたといいます。

映画『隣人X —疑惑の彼女-』場面写真
(C)2023 映画「隣人X 疑惑の彼女」製作委員会 (C)パリュスあや子/講談社
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やがて立ち上げられた柏木良子とは、日々を丁寧に生きる女性です。彼女はXをめぐる社会の騒動に惑わされることなく、穏やかな日常生活を送っています。上野さんの演技は抑制の効いた、極めて静的なもの。けれども林さん演じる笹の登場によって少しずつ変化していく。そんな心の動きを、その表情や声などの細やかな動きに乗せて表現しています。

映画『隣人X —疑惑の彼女-』場面写真
(C)2023 映画「隣人X 疑惑の彼女」製作委員会 (C)パリュスあや子/講談社
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物語は「誰がXなのか?」をめぐる騒がしいものですが、地に足のついた女性を体現する上野さんの淡々とした演技が作品全体を引き締めています。

映画『隣人X —疑惑の彼女-』場面写真
(C)2023 映画「隣人X 疑惑の彼女」製作委員会 (C)パリュスあや子/講談社
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台湾で大人気のファン・ペイチャさんが良子と同じくX疑惑のあるリン・イレンを、野村周平さんが彼女の心の拠り所となる仁村拓真という男性を本作では演じています。

映画『隣人X —疑惑の彼女-』場面写真
(C)2023 映画「隣人X 疑惑の彼女」製作委員会 (C)パリュスあや子/講談社
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さらに、川瀬陽太さん、嶋田久作さん、バカリズムさんが記者である笹の上司役に。原日出子さんと酒向芳さんが良子の両親役に配されています。

映画『隣人X —疑惑の彼女-』場面写真
(C)2023 映画「隣人X 疑惑の彼女」製作委員会 (C)パリュスあや子/講談社
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この座組を上野さんとは対照的な動的な演技で牽引しているのが、15年ぶりの熊澤監督との再タッグとなった林遣都さんなのです。

林遣都はなぜこうも愛されるのか?

林さんといえば、映画『バッテリー』(2007年)で俳優デビューを果たして以降、つねにエンタメ界の中心に立ち続けてきた存在ではないでしょうか。

映画、ドラマ、演劇にとバランスよく活動を展開し、近年の代表作には『おっさんずラブ』シリーズ(2018年~)や朝ドラ『スカーレット』(2019年/NHK総合)、『初恋の悪魔』(2022年)、『犬部!』(2021年)、『護られなかった者たちへ』(2021年)などがあります。

映画『隣人X —疑惑の彼女-』場面写真
(C)2023 映画「隣人X 疑惑の彼女」製作委員会 (C)パリュスあや子/講談社
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主役として作品の看板を背負うことがあれば、脇に回って作品のクオリティを底上げするような役割も担う。いまではその存在を見かけない日がほとんどない俳優の一人だといえるでしょう。

そんな彼は本作でもベストパフォーマンスを披露。いまのこの社会を生きる私たちを象徴するような存在を、そのすべてをかけて体現しているように思います。

かなりの技巧派だと再認識

映画の公式サイトに掲載されている林さんのコメントには「今の厳しい世の中に翻弄されながら常に何かと何かのはざまで苦しんでいる、そんな精神的にしんどい役どころでした。僕自身も撮影中追い込まれる瞬間や苦しい場面がたくさんあった」と述べています。

私たちの誰もがコロナ禍など、物事の価値観が一変する事態に直面しました。そこでは名前も知らない顔もよく見えない誰かを疑ってしまう瞬間が多々あったのではないでしょうか。

映画『隣人X —疑惑の彼女-』場面写真
(C)2023 映画「隣人X 疑惑の彼女」製作委員会 (C)パリュスあや子/講談社
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林さんが体現しているのはまさにこの姿。恋心や疑念、自身の社会的な立場などに板挟みになりながら、それでも他者と関わりを持とうという人物を作り上げています。彼が演じる笹の言動に触れていると、誰だって思わず胸が苦しくなることでしょう。めまぐるしく変化するその内面が、手に取るように分かるのです。

林さんのパフォーマンスのすごさは繊細な部分だけではありません。笹という人間は、実際にXと交流を持つ瞬間がやってきます。それは主に彼の身体的なパフォーマンスによって表現されています。未知なる存在に触れたとき、私たちはどうなるのか――。

映画『隣人X —疑惑の彼女-』場面写真
(C)2023 映画「隣人X 疑惑の彼女」製作委員会 (C)パリュスあや子/講談社
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林さんはまるで強い電流を受け取ったかのような演技をします。彼の身体的なパフォーマンスによって、私たちは笹とXとの交流に立ち会うのです。映像なのですから特殊効果によって表現することもできるのでしょう。ですが林さんはその身ひとつで、異世界との交流を私たちの前に提示してみせるのです。

かねてより技巧派な俳優だと認識していましたが、誰もがそれを強く再認識するに違いありません。

“心の交流”が大切

さまざまなジャンルを横断しながら描かれる本作ですが、そのテーマは極めて現代的で身近なもの。私たちはコロナ禍という大きな時代の転換期を経て、いまを生きています。

映画『隣人X —疑惑の彼女-』場面写真
(C)2023 映画「隣人X 疑惑の彼女」製作委員会 (C)パリュスあや子/講談社
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この数年、誰かが誰かを排除したり、根拠のない噂に踊らされている瞬間に何度出くわしたことでしょうか。

社会でどんな騒ぎが起きても、良子は自分の生活を大切にします。笹はそんな彼女の生きかたに触れ、心を揺さぶられます。

生きていくためにはいかに情報をキャッチするかが大切。けれども特別な存在を前にしたとき、それ以上に大切なことがあるのだと本作を観て思わされます。私たちにはもっともっと、“心の交流”が大切なのではないでしょうか。

◆文筆家・折田侑駿さん

文筆家・折田侑駿さん
文筆家・折田侑駿さん
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1990年生まれ。映画や演劇、俳優、文学、服飾、酒場など幅広くカバーし、映画の劇場パンフレットに多数寄稿のほか、映画トーク番組「活弁シネマ倶楽部」ではMCを務めている。https://twitter.com/yshun

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