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岡山天音、菅田将暉&仲野太賀と起こした化学反応 勝負作での全身全霊のパフォーマンス

映画『笑いのカイブツ』場面写真
岡山天音が見せた全身全霊のパフォーマンス (C)2023「笑いのカイブツ」製作委員会
写真15枚

岡山天音さん(29歳)が主演を務めた映画『笑いのカイブツ』が1月5日より公開中です。ツチヤタカユキさんによる同名私小説を原作とした本作は、“伝説のハガキ職人”と呼ばれた男の半生を描いたもの。日本映画界の錚々たるメンツによって、骨太で繊細な人間ドラマとなっています。今回は、本作の見どころや岡山さんの演技について、映画や演劇に詳しいライターの折田侑駿さんが解説します。

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“伝説のハガキ職人”の半生をエンタメ・シーンの最前線で映画化!

本作は、“伝説のハガキ職人”と呼ばれたツチヤタカユキさんによる同名私小説を、さまざまなテレビドラマや映画に携わってきた滝本憲吾監督が長編商業デビュー作として手がけたものです。

映画『笑いのカイブツ』ポスタービジュアル
(C)2023「笑いのカイブツ」製作委員会
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原作者のツチヤさんといえば、テレビ番組『着信御礼! ケータイ大喜利』(NHK総合)にて最高位である「レジェンド」の称号を獲得し、ラジオ番組や雑誌へのネタ投稿で圧倒的な採用回数を誇った人物。岡山さんを主演に迎えた本作は、そんな彼の強烈なまでに“笑い”に対して純粋な半生に肉薄したものなのです。

脚本家には朝ドラ『ブギウギ』(NHK総合)が好評放送中の足立紳さんらを迎え、昨年の話題作のひとつである『月』や『花束みたいな恋をした』(2021年)などの鎌苅洋一さんが撮影を担当。菅田将暉さんや仲野太賀さんを共演に迎え、“笑い”というものに命を燃やす人間の生き様が刻まれた作品に仕上がっています。

“笑い”に取り憑かれた男はどこへ向かうのか?

物語のはじまりの舞台は大阪。16歳のツチヤタカユキ(岡山)は、何をするにも不器用で、人間関係も不得意です。

映画『笑いのカイブツ』場面写真
(C)2023「笑いのカイブツ」製作委員会
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そんな彼の唯一の楽しみであり生きがいは、テレビの大喜利番組にネタを投稿し、「レジェンド」になること。四六時中、彼の頭の中にあるのはお笑いのことばかり。

やがてツチヤは自作のネタを抱えてお笑い劇場の門を叩き、作家見習いになることになります。ところが、やはり彼の頭の中にあるのはお笑いのことだけ。協調性がなく、他者との相互理解に努めようとしない彼は、劇場を去ることに。

それでもツチヤは笑いの道をあきらめられず、“ハガキ職人”として再起。注目を集めた結果、尊敬する芸人から声をかけられ、構成作家になるべく上京するのです。

菅田将暉、仲野太賀ら名優が生み出すグルーヴ感

本作が日本映画界の錚々たるメンツによって成り立っていると先述しました。ここではそんな作品を支える俳優陣にフォーカスしてみたいと思います。

映画『笑いのカイブツ』場面写真
(C)2023「笑いのカイブツ」製作委員会
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菅田将暉さんが演じるのは、ひょんなことからツチヤと出会う男・ピンク。写真からも分かるように、ちょっとガラの悪い人物です。とはいえ彼は、ツチヤに対して感じるものがあって声をかけ、そしてときに手を差し出します。何かにがむしゃらになっているツチヤの姿に惹かれるものがあったからでしょう。いつまでも表面的には好人物とは思えませんが、ツチヤに触れるたびにその内面が変化しているのが分かる。これは菅田さんの俳優としての表現力があってこそのものではありますが、何より主演の岡山さんの演技との化学反応により生まれているものなのではないかと思います。

映画『笑いのカイブツ』場面写真
(C)2023「笑いのカイブツ」製作委員会
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それはツチヤを掬い上げるお笑いコンビ・ベーコンズの西寺を演じる仲野太賀さんにもいえること。西寺はいつも穏やかに、ツチヤの才能をうまく表舞台に出していこうと努める人物です。けれどもツチヤはそう簡単には変われない。お笑いのことだけを考えて、人間関係なんてこれっぽっちも考えてこなかった人なのです。そんな彼に対して西寺は必死になっていく。仲野さんの演技もしだいにダイナミックでエモーショナルなものに。これもまた俳優同士の起こす化学反応なのでしょう。

映画『笑いのカイブツ』場面写真
(C)2023「笑いのカイブツ」製作委員会
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映画『笑いのカイブツ』場面写真
(C)2023「笑いのカイブツ」製作委員会
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ネタを考えるため、フードコートで長居をするツチヤの姿に興味を持って声をかける女性・ミカコを演じるのは松本穂香さん。やがてふたりの距離は縮まっていくものの、なんともハッキリしない。やっぱりツチヤはお笑いのことしか考えていない。松本さんの控えめな演技が光ります。

映画『笑いのカイブツ』場面写真
(C)2023「笑いのカイブツ」製作委員会
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そしてツチヤの“おかん”を演じているのが、片岡玲子さんです。あまりに不器用で、あまりに真っ直ぐな息子のことを心配して見守ってはいますが、彼女もまた“自分の人生”を大切にしている人物。物語の終盤、「やっぱり親子だ」なんて思ったものです。単なる記号としての母ではない、ひとりの女性像を片岡さんが立ち上げています。

映画『笑いのカイブツ』場面写真
(C)2023「笑いのカイブツ」製作委員会
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そのほか、前原滉さん、板橋駿谷さん、淡梨さん、前田旺志郎さんらが要所に登場してはいい味を出し、この作品を支えています。出番の多寡に関わらず、彼ら彼女らが違えば、まったく手触りの異なる映画になったに違いありません。

このような座組の中心に立ち、全力疾走を繰り広げているのが、主演の岡山天音さんなのです。

岡山天音は主役も張れる器

岡山さんといえば、とにかく出演作が多い。ありとあらゆる作品に出演している俳優です。コメディ、ラブストーリー、ミステリー、さらにはアクションなどなど、出演作品のジャンルは多岐にわたります。そしてこれは演じる役に関してもいえること。

映画『笑いのカイブツ』場面写真
(C)2023「笑いのカイブツ」製作委員会
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『ワンダーウォール 劇場版』(2020年)などで飄々とした掴みどころのないイマドキな若者を演じていたかと思えば、『新聞記者』(2019)などのシリアスな社会派ドラマにもその姿が。『あの娘は知らない』(2022年)で心に傷を負った青年を繊細に演じているいっぽうで、『キングダム』シリーズでは春秋戦国時代の戦場を大胆に駆け回っていたりもします。

間もなくミステリー映画『ある閉ざされた雪の山荘で』も封切りとなりますし、テレビドラマファンのかたにとっては『こっち向いてよ向井くん』(2023年/日本テレビ系)での好演が記憶に新しいのではないでしょうか。あるいは、配信中の『クレイジークルーズ』(Netflix)での演技でしょうか。

映画『笑いのカイブツ』場面写真
(C)2023「笑いのカイブツ」製作委員会
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これらの作品の並びから、岡山さんがどれだけ作り手から信頼され、愛されているのかが分かるはずです。彼が脇にいれば、そのシーンの強度がぐっと上がる。そしてそれは、作品全体の強度の向上にもつながります。けれども『笑いのカイブツ』で岡山さんが務めているのは圧倒的な主演俳優のポジション。これまでにも主演作はいくつかありますが、本作で改めて主役も張れる器なのだと証明しているのです。

役に取り組む深度が違う

ツチヤの日常も内面も濁っていて、映画を観ている私たちも足を絡め取られかねません。それほどまでにツチヤは、他を圧するエネルギーを放っているのです。そして、文字通りに命を削ってお笑いに取り組んでいるような人間ですから、その姿を見ているかぎり、ただでは済みそうにない。精神的にも肉体的にも、本当にギリギリのところで彼は生きています。

映画『笑いのカイブツ』場面写真
(C)2023「笑いのカイブツ」製作委員会
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つまりはやはり、これを演じる岡山さんもただでは済まないということ。実際のところ岡山さん自身、自分が無くなるのではないかというほど削られたのだといいます。この『笑いのカイブツ』における岡山さんは、役に取り組むその深度が圧倒的に違う。これは何も、ほかの作品ではそうではないといっているのではありません。

俳優は役を演じるうえで自分の心身を守らなければなりませんから、演技に対するスタンスは人それぞれなはず。参加する作品のテイストによっても変わるでしょう。しかしこのお笑いにすべてを捧げた男の、それも実在する人物を演じるとあれば、俳優自身が捧げるものも多くなって当然です。

映画『笑いのカイブツ』場面写真
(C)2023「笑いのカイブツ」製作委員会
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スクリーンの中の岡山さんは、目も声も濁っていて、全身から放つ“気”もポジティブとはいえないもの。まさに何かが取り憑いているように思います。しかもこれはどこか特定のシーンの話ではなく、映画全編をとおしていえること。俳優本人が壊れてしまうのではないかと観ていて思わずにはいられないパフォーマンスを、岡山さんは本作で成し遂げているのです。

自分の中にも“ツチヤタカユキなるもの”が……

この社会で生きていくというのは、世の中のルールを重んじ、他者とうまく関係し合っていくことだと思います。ルールから逸脱したり、他者に迷惑をかけてばかりでは、真の意味でこの社会で生きているとはいえないのではないかと思います。

映画『笑いのカイブツ』場面写真
(C)2023「笑いのカイブツ」製作委員会
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けれども誰もが、かつて何かに無我夢中になった経験があるのではないでしょうか。まるでツチヤのように。

筆者はいつからか社会と接点を持てるようになりましたが、それ以前は自分が夢中になっているもの以外、何もかもがどうでもいいという時期がありました。若さゆえでしょう。いまはもっとこの社会や他者と関わって生きていきたいと考えています。

でもこの『笑いのカイブツ』を観て、血が騒ぎました。自分の中に“ツチヤタカユキなるもの”がまだ存在することを実感し、それがとても嬉しかった。社会参加も重要ですが、あまり自分を抑圧し過ぎず生きていくことも大切なのではないでしょうか。

◆文筆家・折田侑駿さん

文筆家・折田侑駿さん
文筆家・折田侑駿さん
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1990年生まれ。映画や演劇、俳優、文学、服飾、酒場など幅広くカバーし、映画の劇場パンフレットに多数寄稿のほか、映画トーク番組「活弁シネマ倶楽部」ではMCを務めている。https://twitter.com/yshun

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