岡山天音は主役も張れる器
岡山さんといえば、とにかく出演作が多い。ありとあらゆる作品に出演している俳優です。コメディ、ラブストーリー、ミステリー、さらにはアクションなどなど、出演作品のジャンルは多岐にわたります。そしてこれは演じる役に関してもいえること。
『ワンダーウォール 劇場版』(2020年)などで飄々とした掴みどころのないイマドキな若者を演じていたかと思えば、『新聞記者』(2019)などのシリアスな社会派ドラマにもその姿が。『あの娘は知らない』(2022年)で心に傷を負った青年を繊細に演じているいっぽうで、『キングダム』シリーズでは春秋戦国時代の戦場を大胆に駆け回っていたりもします。
間もなくミステリー映画『ある閉ざされた雪の山荘で』も封切りとなりますし、テレビドラマファンのかたにとっては『こっち向いてよ向井くん』(2023年/日本テレビ系)での好演が記憶に新しいのではないでしょうか。あるいは、配信中の『クレイジークルーズ』(Netflix)での演技でしょうか。
これらの作品の並びから、岡山さんがどれだけ作り手から信頼され、愛されているのかが分かるはずです。彼が脇にいれば、そのシーンの強度がぐっと上がる。そしてそれは、作品全体の強度の向上にもつながります。けれども『笑いのカイブツ』で岡山さんが務めているのは圧倒的な主演俳優のポジション。これまでにも主演作はいくつかありますが、本作で改めて主役も張れる器なのだと証明しているのです。
役に取り組む深度が違う
ツチヤの日常も内面も濁っていて、映画を観ている私たちも足を絡め取られかねません。それほどまでにツチヤは、他を圧するエネルギーを放っているのです。そして、文字通りに命を削ってお笑いに取り組んでいるような人間ですから、その姿を見ているかぎり、ただでは済みそうにない。精神的にも肉体的にも、本当にギリギリのところで彼は生きています。
つまりはやはり、これを演じる岡山さんもただでは済まないということ。実際のところ岡山さん自身、自分が無くなるのではないかというほど削られたのだといいます。この『笑いのカイブツ』における岡山さんは、役に取り組むその深度が圧倒的に違う。これは何も、ほかの作品ではそうではないといっているのではありません。
俳優は役を演じるうえで自分の心身を守らなければなりませんから、演技に対するスタンスは人それぞれなはず。参加する作品のテイストによっても変わるでしょう。しかしこのお笑いにすべてを捧げた男の、それも実在する人物を演じるとあれば、俳優自身が捧げるものも多くなって当然です。
スクリーンの中の岡山さんは、目も声も濁っていて、全身から放つ“気”もポジティブとはいえないもの。まさに何かが取り憑いているように思います。しかもこれはどこか特定のシーンの話ではなく、映画全編をとおしていえること。俳優本人が壊れてしまうのではないかと観ていて思わずにはいられないパフォーマンスを、岡山さんは本作で成し遂げているのです。
自分の中にも“ツチヤタカユキなるもの”が……
この社会で生きていくというのは、世の中のルールを重んじ、他者とうまく関係し合っていくことだと思います。ルールから逸脱したり、他者に迷惑をかけてばかりでは、真の意味でこの社会で生きているとはいえないのではないかと思います。
けれども誰もが、かつて何かに無我夢中になった経験があるのではないでしょうか。まるでツチヤのように。
筆者はいつからか社会と接点を持てるようになりましたが、それ以前は自分が夢中になっているもの以外、何もかもがどうでもいいという時期がありました。若さゆえでしょう。いまはもっとこの社会や他者と関わって生きていきたいと考えています。
でもこの『笑いのカイブツ』を観て、血が騒ぎました。自分の中に“ツチヤタカユキなるもの”がまだ存在することを実感し、それがとても嬉しかった。社会参加も重要ですが、あまり自分を抑圧し過ぎず生きていくことも大切なのではないでしょうか。
◆文筆家・折田侑駿さん
1990年生まれ。映画や演劇、俳優、文学、服飾、酒場など幅広くカバーし、映画の劇場パンフレットに多数寄稿のほか、映画トーク番組「活弁シネマ倶楽部」ではMCを務めている。https://twitter.com/yshun