
心臓を元気にするためには運動や食事も大切ですが、体のためのちょっとした習慣を取り入れたり、ストレスをためないように意識したりすることも有効です。そこで、『医師がすすめる自力でできる弱った心臓を元気にする方法』(アスコム)を上梓した、東北大学名誉教授で医師の上月正博さんに、どんなことを実践するべきか教えてもらいました。
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心臓を元気にする行動習慣とは
健康のために毎日運動をしなければ、と思うとなかなか大変なものですが、ふだんの生活のなかには、「実質運動」といえる行動が多くあります。例えば犬の散歩は立派な運動と言えますし、買い物に行くのも運動です。その日の夕飯で使う食材を仕入れるために毎日買い物に行くなど、実質運動といえる行動を習慣化するのが大切です。

「『まとめ買いをしたほうが経済的』という見方もあるかもしれませんが、どんなに節約をしても体を壊してしまっては元も子もありません。自宅とスーパーや商店街との往復が、着実にあなたの心臓を強くしてくれます」(上月さん・以下同)
ながら運動もおすすめ
ほかにも、テレビを見ながら運動する「ながら運動」もおすすめです。テレビを見ながら体操をしたり、エアロバイクを漕いだり、15分もやればかなりの効果が出ます。普段着で気軽に実践できるのがメリットです。
「『運動』と聞くとどうしても構えてしまい、『頑張らねば』という気持ちが芽生えるものですが、運動と思っていなければ、余計な精神面の負担を受けずに済みます。結果的にそれが、無意識のうちに心臓を気遣っていることになるのです」
運動以外では「焦らずゆっくり」を大切に
運動以外の行動習慣としては、焦らずゆっくり行動することが重要です。また、飲食後の入浴や満腹時の運動など、心臓に同時に2つの負荷がかかる状態をつくらないことや、薬の服用前後(1~2時間が目安)は安静にすることも意識しましょう。

このほか、注意しておきたいのはトイレです。排便の際にいきむと血圧が上がって心臓に負担がかかりますし、便意を我慢することも心臓に負担をかけます。さらに、冬場の寒いトイレは血圧を変動させ、発作を誘発することもあります。
「すべて、心臓を危険な状態に追いやる可能性を高める、マイナスの条件です。排便の際はいきまない。便意は我慢しない。冬場のトイレは暖かくしておく。これをつねに意識しましょう」
不調に気づくためのルーティン
普段から心臓をいたわる行動を心掛けるとともに、不調にいち早く気付くためには、変化に気づくためのルーティンを取り入れるのがおすすめです。取り入れるべきルーティンは「体重測定」、「血圧・脈拍測定」、「むくみのチェック」、「指輪っかテスト」の4つです。
体重と血圧・脈拍は毎日決まった時間帯(特に起床時)に測定し、記録をつけるようにしましょう。体重が前の週より1.5kg以上増えていたり、朝に測った脈拍が前の日より10回/分以上早かったら要注意です。血圧は、収縮期血圧が135mmHg以上、または拡張期血圧が85mmHg以上の場合は高血圧となるため、その場合は減塩食などを検討しましょう。
むくみのチェックに関しては、必ず朝に行うようにしてください。夕方に見られるむくみは、日中に足にかかった負荷が影響しており、一時的に出現するものです。
「朝にむくみが出ていたら、心臓が異常な状態になっている可能性があることを意味します。ひざに関節症があると、痛いほうの足がむくむことがあるのですが、痛くないほうの足がむくんでいたら大問題。心不全の可能性があるからです。その場合、すねの骨の部分や足の甲を指で押すと、そのままへこんで指の跡が残るので、判別しやすいでしょう」

4つ目の指輪っかテストは、サルコペニアかどうかを調べるための判定方法です。サルコペニアとは、加齢や運動不足、長期の安静などによって起こる筋力の衰えのこと。親指と人差し指で、ふくらはぎの一番太いところで「指輪っか」を作り、ふくらはぎを囲めるかチェックしてください。囲めない場合はサルコペニアの危険度が低く、隙間ができる場合は危険度が高いと判定できます。
「サルコペニアが悪化すると、身体機能の低下からどんどん虚弱になり、生活機能障害や要介護状態などに陥りやすい『フレイル』という状態になってしまうので、そうなる前にしっかりとしたケアが必要です」
心臓に負荷をかけないためにはストレスをためないこと
心臓に負荷をかけないためには、食事や運動に気を使うことが大切ですが、ストレスをためないことも非常に重要です。
ストレスは心臓病の発症とも密接な関係があり、2011年に起きた東日本大震災直後は、心不全や虚血性心疾患の患者数が増加しました。ストレスが心臓病との関わりを示す理由のひとつとしては、副腎でつくられるホルモンの分泌を高める効果が挙げられます。
「そのなかでもカテコールアミンと称される副腎髄質ホルモンが過剰になると、心拍や血圧を上昇させ、心筋の収縮力が高まり、時として冠れん収性狭心症を生じさせることもあるのです」
ストレスをためないためには「楽しむこと」
ストレスがたまると生活リズムが乱れやすく、心臓病の危険因子となる喫煙や飲酒量の増加、過食、睡眠不足などを引き起こします。悪い生活リズムは新たなストレスを生み、そのストレスがまた危険因子を増幅させてしまいます。「解決の糸口はいたってシンプル。まずはなんでもいいので楽しめることを見つけてください」と上月さん。そして全力で楽しむことが大切だと言います。
「ストレスは『溜まる』と表現されるように、少しずつ解消させていかないと、ふとした拍子に取り返しのつかない状態となって崩れ落ちてしまいます」
無理せずマイペースでストレスを軽減させる
ストレスを完全になくすことはできませんが、無理せずマイペースに、規則正しい生活をすることで、ストレスは軽減させることができます。
「じゅうぶんな睡眠。栄養バランスのとれた三度の食事。適度な運動(ウォーキング)。何かと忙しい日常でこれを維持するのは難しいかもしれませんが、まずはこの基本中の基本を意識するようにしてください」
◆教えてくれたのは:医師・上月正博さん

こうづき・まさひろ。東北大学名誉教授、山形県立保健医療大学理事長・学長、医学博士、日本心臓リハビリテーション学会名誉会員、総合内科専門医、腎臓専門医、高血圧専門医、リハビリテーション科専門医。1981年東北大学医学部卒業。心臓や腎臓などの内部障害のリハビリテーションを専門とし、心臓や腎臓の分野に貢献した科学者に贈られる世界的に名誉ある賞「ハンス・セリエメダル」を2018年に、「日本腎臓財団功労賞」を2022年に受賞。著書に『医師がすすめる自力でできる弱った心臓を元気にする方法』(アスコム)など。