
食は旅の楽しみのひとつですが、最近は「ガストロノミー」が旅のテーマとして注目をあつめています。今回は、春の瀬戸内・広島を舞台に食を通じて旅先(瀬戸内・広島)を楽しみ・知る「ガストロノミーツアー」を、旅行ジャーナリストの村田和子さんが紹介。「知れば旅がぐっと味わい深くなる」というヒントもお届けします。
* * *
最近「ガストロノミー」という言葉をよく耳にするようになりました。「ガストロノミー」とはフランスを中心にヨーロッパで広まった、食材や料理を通じて、地域の歴史や文化、あるいは営みを知ること。食に関するさまざまな体験から、旅先の魅力を発見し学びが深まる「ガストロノミーツアー」は、ワンランク上の大人の旅にぴったりです。実は日本各地で「ガストロノミー」に力を入れ観光の素材にする動きがあります。今回はそのひとつ広島県を訪れました。
絶景が広がり食の宝庫「広島」 思いのある人との出会いも魅力!
穏やかな海に島が浮かび、船がのんびり行き交う瀬戸内。絵になる絶景が広がり、それだけでも行く価値がある旅先ですが、気候も温暖で、実は中国山脈が近いという立地は、山海の幸に恵まれた食の宝庫です。

そんな瀬戸内・広島には、地元を誇りに思い、哲学を持った生産者や料理人が集い、豊かな食文化をつくりだしています。食に関わる魅力的な人々との語らいも、「ガストロノミーツアー」の楽しみのひとつ。絶景に癒され、食を楽しみ、魅力的な人との交流を重ね、旅が終わるころには地域のファンに。お腹だけではなく心も満たし、旅先の地域や人々をも元気にする……そんなすごし方やスポットを紹介します。
旅するワイナリーがテーマ 絶景に癒され五感で地域を味わう「瀬戸内醸造所」
山陽新幹線三原駅からバスや車で海沿いを走ること20分。気を付けていないと見逃してしまう……かつては一帯の主産業だった造船所の跡地に「瀬戸内醸造所」は佇みます。

「風景を切り取り、美しさを際立たせる」というコンセプトのスタイリッシュな建物は、建築家の菅原大輔氏の設計で世界的な賞を受賞。


施設のすぐそばまで海が迫るのも瀬戸内ならでは。対岸には山々が連なるような光景が広がりますが、これらはすべてが島だといいます。瀬戸内醸造所では、そんな絶好のロケーションで地元の果物を使ったワインやシードルを醸造。予め連絡が必要ですが醸造所の見学(有料)もでき、施設内のショップでは、数々の賞を受賞したワインの購入もOK。13種類を1000本ほどの少量ロットで生産するとのことで、ここでしか買えないものも多いといいます。


併設の「瀬戸内醸造所 レストランmio」では、お酒とともに、ワインやシードルなどお酒に合わせた「SETOUCHI料理」がいただけます。セットやコースのランチ営業を中心に、14時からはカフェタイムでの利用もOK。


地元三原市出身という代表の太田裕也さんは「知られていませんが、一帯は生食用ぶどうの産地。ただ高齢化などさまざまな要因で畑の継承が難しくなってきています。地元のぶどうを使ったワインをこの場所で作ることで、畑の継承や雇用の創出などにつながり、世界中の人にワインを通じて瀬戸内を知ってもらえる。足を運んでもらうきっかけになるのではないか?」と瀬戸内醸造所を立ち上げたときの思いを語ります。

行き交う船や海を眺めながら、グラスを傾ける時間はプライスレス。SETOUCHIテロワールを体感しながらのんびりと寛げます。
■瀬戸内醸造所 https://setouchijozojo.jp/
食材を深堀りすれば、旅や食がもっと楽しく!「レモン収穫体験」「牡蠣の水揚げ見学」
食材を頂くだけではなく、知って身近に感じる体験も、ガストロノミーツアーには欠かせません。例えば、瀬戸内海に浮かぶ生口島(いくちじま)を中心とした尾道市瀬戸田町は温暖な気候を生かしたレモンの栽培が盛んで、レモンの収穫を体験できます。

レモンの栽培農家さんの案内で畑へ訪れると、眼下に広がる海や空の青さと、たわわになるレモンの黄色のコントラストが美しい絶景が出迎えます。

レモンの収穫は10月から4月下旬ごろまでがシーズン。太陽の光をたっぷりと浴びて、風などで擦れのない大きくて傷のないものを厳選して収穫していきます。

収穫したてのレモンは皮のままでも香りが漂い、幸せな気分に。加えて、瀬戸田町では、一般的な栽培方法よりも化学農薬の使用回数を5割以上減らして栽培しています。また、収穫から出荷まで有害な物質が付着するリスクを減らすなど、さまざまな取組を行い、皮まで安心して食べられるレモン「エコレモン」を栽培しています。

収穫したレモンは持ち帰り、涼しい場所なら1か月は保存ができるそう。収穫した場で加工をしたりドリンクを作ったりという体験がセットのプランもあり、レモンの収穫体験はゴールデンウィーク(GW)前まで楽しめます。

また広島といえば、「牡蠣」。牡蠣の養殖いかだが海に浮かんでいますが、踏み込んで牡蠣の水揚げを見学するのもいいのでは? 島田水産では、船で沖に出て、養殖した牡蠣をクレーンで収穫する様子を見学し、厳島神社へ海から参拝する体験を4月末まで実施(シーズン状況により前後することあり)。 素材が育った環境を実際に見て感じて食すれば、いっそう味わい深くなります。


■島田水産 https://shimadasuisan.com/taiken.html
地産食材への愛があふれるシェフの絶品料理を味わう「モダンベトナム料理~CHILAN」
宮島の対岸、廿日市市にある住宅街で、ご夫婦で営むベトナム料理のお店「CHILAN」。オープンキッチンを囲むように配された席はわずか8席。基本は木・金・土曜日のランチ営業で、それ以外は貸し切りに(ランチ4名~、ディナー6名~)。メニューもシェフおすすめ料理7品にワインのマリアージュ(※ノンアルコールも可)というワンコースのみ。

オーナーシェフのドグエン・チランさんは、RED U-35 2021で、岸朝子賞を受賞するなど、今注目の若手料理人。東京生まれの東京育ちですが、ソムリエである藤井千秋さんと結婚、藤井さんの故郷である広島県廿日市に移り住み、3年前に「CHILAN」を開業したといいます。

広島を中心とした瀬戸内の、知る人ぞ知る食材、生産者さんの思いのこもった食材をテーマに、修行したフレンチの技法を用い、両親がベトナム人というルーツから、コース仕立てのベトナム料理を提供するユニークなスタイルです。

訪れた3月は、牡蠣の最盛期。でも「牡蠣を提供するお店は広島中にたくさんありますし、王道ではない、もっと違う食材も知ってほしい」と、魚料理は牡蠣ではなく、広島サーモン(ニジマス)やヒレナマズを使った料理が登場。これからのシーズンのおすすめ食材を伺うと「その時々に届く食材を活かす、素材ありきの料理なので(予めは決めていない)」との答えが返ってきました。

また前菜に鴨のペーストが出た折には、女性ひとりで養鶏を営む「ふぁーむbuffo」のものであること。鶏の餌には一般に黄身の色を濃くする安価な輸入トウモロコシなどは使用せず、地元産の野菜や穀類を発酵させた餌で育てていること。何もない場所を開墾して養鶏を始めたパワフルな女性であることなど、生産者の背景や思いまで、一つのお料理から話が膨らみ、世界がどんどん広がります。

他方、旦那様である藤井さんはワインのコンサルティングや商品開発などの仕事を持ちながら、CHILANではソムリエとしてお店に立ち、料理にあうお酒……ナチュラルワインを中心に、それぞれのお客様との対話を大切にしながらサーブ。産地やワインの作り手、お料理との相性など、多方面にわたる話に、好奇心がむくむくと沸き上がります。

お客様同士も自然と言葉を交わす、料理と会話を楽しむ、心地よい時間が過ごせるとあって、首都圏から通うひとり旅のかたも多いそう。

お店の営業をランチメインにしているのも、「子育て中なので子どもとの時間を大切にしたい」という思いから。ご夫妻の生き方や関係性も素敵で、共感することしきり。「もともとはパティシエ志望だった」というシェフのデザートまで約2時間、気が付けばお腹だけではなく、気持ちも満たされます。
* * *
「ガストロノミー」というと敷居が高く感じられますが、広島を舞台に旅をして改めて感じるのは「人」が主役だということ。地産地消で食を楽しむのはもちろん、体験をしたり、会話を一歩踏み込むことで、関連する多くの人の営みや思いを知り、知見が広がります。

春からの瀬戸内海は景色も一段と華やかになり、広島では鮮度の問題から地元でしかなかなか味わえない「小いわし」や「生しらす」なども旬を迎えるといいます。気候も良い季節、注目の「ガストロノミー」をテーマに、ぜひ旅へでかけてみてくださいね。
■おいしい!広島 https://oishii.hiroshimakensan.org/
◆教えてくれたのは:旅行ジャーナリスト・村田和子さん

旅行ジャーナリスト。「旅を通じて人・地域・社会が元気になる」をモットーに、旅の魅力を媒体で発信。宿のアドバイザー・講演なども行う。子どもと47都道府県を踏破した経験から「旅育メソッド(R)」を提唱、著書に「旅育BOOK~家族旅行で子どもの心と脳がぐんぐん育つ(日本実業出版社・2018)」。現在は50歳を迎え、子どもも大学生となり、人生100年時代を楽しむ旅を研究中。資格に総合旅行業務取扱管理者、1級販売士、クルーズアドバイザーなど。2016年より7年間、NHKラジオ『Nらじ』月一レギュラーを
●《続々開業》満足度高め!気軽に楽しめる大注目の“新ライフスタイルホテル”を旅行ジャーナリストが紹介