女優・大塚寧々さんが、日々の暮らしの中で感じたことを気ままにゆるっと綴る連載エッセイ「ネネノクラシ」。第70回は、寧々さんの母親が突然言い出したことから行くことになった「福井旅」について。福井に到着して寧々さん一行が向かったのは――。
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母と夫と私の3人で福井に行くことになった(前回の続きです) 。80年近く前、母が戦争中に疎開していた家を見たいという。北陸新幹線が延伸して当時住んでいた地域の近くに駅が出来たので、そこまで行ってレンタカーを借りて目的地に向かった。
前日に夫が住んでいた地域のGoogle Mapの衛星写真やストリートビューを母に見せてくれたが、 80年前とはやはり色々変わっていてピンときていないようだった。3方を山に囲まれた小さな村だったが、家も多くなり当時の景色と変わっているのだろう。住んでいた家の場所も、「お寺の近くだった気がするけど、でもお寺はここだったかなあ~川がここに流れていた気がするけど」などとハッキリしないようだった。とにかく行くしかない。
しばらく走り、住んでいたという地域に入った。畑や田んぼも多く、その辺りは昔とあまり変わっていなさそうだが、やはりピンときていなようだ。
神社やお寺は変わっていないと思い 「ばあば、近くに神社とかなかったの?」と聞いてみるとあったという。とりあえず近くの神社に行ってみた。
「ああ~ここ!ここ!」と母は嬉しそうだ。「学校帰りにこの狛犬さんの前でよく遊んだのよ、もっと大きいと思ったんだけどなあ~」と言うが、子供だったので大きく感じていたのだろう。神社で、今回の旅が良い思い出になるようにお祈りする。
おじいさんが母の顔を見るなり…
車は停めて、歩いた方がいいような気がしたので、神社から歩き始めた。 神社から母の記憶を辿って家があった方に歩いて行く。ある場所に来ると、「先生の家だ!」と嬉しそうに言う。小学校の先生のお家の前に、自分の家があったらしい。ここだ! 今は更地になっていた。
「ここに大きい柘榴の木があってねえ~、お寺はもっと遠いかと思っていたけど、すぐ近くだった。道ももっと広いと思ってたけど~」と懐かしそうだ。いつもは杖をついているが、足取りが早い! まるで子供の頃に戻ったかのように歩いている。お友達のTさんの家がすぐ近くだったと思うんだけど、と言って何軒か表札を見るが見つからない。
80年という時が経っているから、さすがに難しいかなと思う。ふと、近くの家の駐車場の前で作業をしていらっしゃるおじいさんがいたので声をかけてみた。「すみません、母が戦争の時に疎開していて80年近く前に住んでいたんですけど~」 。すると、その方は母の顔を見るなり、「足立さん?(母の旧姓)」と仰った。
「そうです! そうです!」。母もびっくりして嬉しそうだ。その方は当時からそこに住んでいるご近所さんだった。 祖父の名前も、母の兄弟の名前も覚えていてくださった。80年近く経っているのに、すぐに名前が出てくるので驚いた。当時は子供も多かったのに、二人ともいろんな名前が出てくる。 どこで遊んだとか、蛍がきれいだったとか、話が尽きない。
母が「Tさんは、どこに住んでいらっしゃったかしら?」と尋ねると、「お寺の前だよ、妹さんが今いるかも」と案内してくれた。妹さんも覚えてくれていて、母も「お家の石段でよく遊んでねえ、当時のままだ!」と大喜びだ。その後も妹さんに案内していただいて、他のお友達の家に行ったり、近況を聞いたり。福井の方達はみんな優しくて、心から来てよかったと思った。
4月の暖かい日差しの中、80年前と今の時間が優しく糸でつながった。
◆文・大塚寧々(おおつか・ねね)
1968年6月14日生まれ。東京都出身。日本大学藝術学部写真学科卒業。『HERO』、『Dr.コトー診療所』、『おっさんずラブ』など数々の話題作に出演。2002年、映画『笑う蛙』などで第24回ヨコハマ映画祭助演女優賞、第57回毎日映画コンクール主演女優賞受賞。写真、陶芸、書道などにも造詣が深い。夫は俳優の田辺誠一。一児の母。