宮沢賢治は「一日ニ玄米四合ト味噌ト少シノ野菜ヲタベ」ていたとされる。いかにも健康によさそうな“伝統的な和食”だが、彼は37才の若さでこの世を去った。そこから約1世紀を過ぎ、和食のリスク、特にがんとの危険な関係が次々と明らかになっている──。【前後編の前編。後編を読む】
日本人の塩分摂取量は他国の2倍以上
「日本人の伝統的な食文化」として、「和食」がユネスコ無形文化遺産に登録された2013年から10年が経過した現在、インバウンド需要も相まって、世界的な和食ブームが再燃している。評価の理由は米、みそ汁、魚、野菜・山菜などがバランスよく使われていることや動物性油脂を多用しないことなどが長寿や肥満の防止に寄与している点だ。だが、実は近年、和食こそが日本人の健康を脅かしている可能性が浮き彫りになってきている。
ハンバーガーやパスタ、中華料理などと比べれば質素で低脂質、低カロリー。一見すると完璧な栄養バランスかに思える和食だが、「和食こそ世界が認める健康食だというのは、日本人の思い込みに過ぎない」と指摘するのは、医学博士でAGE牧田クリニック院長の牧田善二さんだ。
「確かに、納豆や豆腐、みそ、魚、海藻類など健康にいい素材も多いですが、調理方法や組み合わせによっては健康に悪影響を及ぼす可能性があり、手放しですすめられるものではありません」
和食の最大の“弱点”は、塩分が多いこと。日本人は世界でもっとも胃がんの罹患率が高く、欧米諸国と比べると胃がん患者の数は約5倍にもなるとされる。和食の塩分はその要因の1つとして考えられているのだ。東京大学医学部附属病院放射線科特任教授の中川恵一さんが解説する。
「日本人の塩分摂取量は世界的にみても高く、アメリカ人が1日平均8.3g、イギリス人が9.7gなのに対し、日本人は12.4g。塩分摂取量が多い人がピロリ菌を保有している場合、胃がんを発症しやすいのです。事実、国内でも特に塩分摂取量が多い新潟県や秋田県などは他県より胃がん患者が多い傾向にある。
日本は欧米諸国より冷蔵庫の普及や井戸水の消毒などが遅かったことからピロリ菌を保有する人も多く、この2つの要素が、日本人の胃がんの罹患率を“世界一”にしていると考えられます」
それは国立がん研究センターが1990年から全国4地域の40〜59才の男女約4万人を10年間にわたって行った追跡調査でも裏づけられる。
「みそ汁、漬けもの、イクラなどの塩蔵魚卵、塩鮭などの塩蔵魚といった塩分の多い和食材において、男性はいずれの食品も摂取回数が増えるほど胃がんリスクが上昇しました。さらに、塩分濃度が10%ほどの塩蔵魚卵、塩辛、練りうになどをよく食べる人は、男女とも明らかに胃がんリスクが上がりました」(牧田さん)
つまり「ご飯とみそ汁、焼き魚、漬けもの」といった定番の和定食はヘルシーどころか、過剰な塩分ががんリスクを上げる“不健康食”かもしれないのだ。
実際、厚生労働省が推奨する塩分摂取量は1日あたり女性6.5g未満、男性7.5g未満。さらに高血圧学会の推奨値は6g未満、WHO推奨値に至っては5g未満となっており、私たちは基準値の倍以上の塩分を摂っていることになるのだ。管理栄養士の麻生れいみさんが説明する。
「みそ汁を1杯飲むだけで、塩分摂取量は1.2〜2g。塩鮭は辛口なら1切れで3〜4gもの塩分を摂取することになります」
さらに、熱い汁物や粥、鍋料理などを好む食文化は食道がんリスクを高めるという指摘もある。
「熱いものを食べることは、ほぼ確実に食道がんのリスクを高めます。食道の粘膜がただれ、傷ついた組織を修復する際の細胞分裂の過程で、遺伝子の複製ミスが起こり、がんにつながると考えられる。実際、熱い茶粥を食べる習慣のある奈良県や和歌山県の一部の地域では食道がんの罹患率が高いというデータがある」(中川さん)
「米」は北欧では“危険な食品”!?
がんリスクにつながる和食の要素はそれだけではない。日本の食卓に欠かせない「お米」は、世界では「発がん性物質が含まれている可能性がある」と危惧されているのだ。
水田で栽培される米は、土壌から「無機ヒ素」という化合物を吸収するとされる。この無機ヒ素について、WHO傘下の国際がん研究機関であるIARCは発がんリスクがあると指摘し、加工肉や赤身肉などと同じ「ヒトに対する発がん性が知られている」中でももっともリスクの高い「グループ1」に分類。欧米諸国からは米に対する厳しい視線が向けられ、スウェーデンの食品局は2015年、6才未満の乳幼児に米や米製品を与えず、成人でも毎日は食べないように勧告した。
「日本人の発がんリスクに関連があるかは不明確ですが、白米に微量の無機ヒ素が含まれていることは事実です」(牧田さん・以下同)
さらに、白米よりもビタミンB群やミネラル、食物繊維が豊富な“健康食材”とされる玄米には、白米の約5倍もの無機ヒ素が含まれているとも指摘される。「健康のため」と毎日玄米を食べ続けるのはむしろ、がんを引き寄せる行為とすらいえるかもしれないのだ。牧田さんは、無機ヒ素のリスクにかかわらず、そもそも主食としてご飯を食べすぎること自体が健康の妨げになると断言する。
「炭水化物、すなわちブドウ糖は血糖値を上昇させ、ドーパミンやエンドルフィンといった“幸せホルモン”と呼ばれる物質の分泌を促します。それを繰り返すほど“糖質中毒”となり、糖質の過剰摂取や慢性疲労のほか、糖尿病リスクも高まります。その結果、がんはもとより糖尿病や心疾患、認知症など、あらゆる病気のリスクを上げるのです」
事実、糖尿病患者はそうでない人と比べて発がんリスクが1.2倍も高いという報告もある。炭水化物を摂取すると、体は上がった血糖値を元に戻すため、すい臓から「インスリン」というホルモンを分泌する。インスリンは糖を細胞内に取り込んで血糖値を下げるだけでなく、細胞の増殖も促すため、糖質を過剰に摂りすぎてインスリンが大量に分泌されるほど細胞増殖も活発に行われ、その過程でがん細胞も増殖させる場合があるのだ。
加えて糖尿病患者は過剰に分泌されたインスリンの効き目が悪くなっているため、さらにインスリンが過剰に分泌される悪循環に陥りやすい。
「玄米や雑穀米、十割そばなど、和食の中でも“健康的”とされるものであっても、結局は炭水化物であり“ブドウ糖のかたまり”です。ご飯やパンなどの炭水化物を食べるようになったのは、ほんの1万年ほど前のことで、それも人間が自らの手で栽培して生み出したもの。ご飯は、人間が生き物として自然に必要とする食べ物ではないのです」
(後編へ続く)
※女性セブン2024年8月1日号