長く生きられることが当たり前になったからこそ、「老化」と対峙する時間は長くなった。体力や気力の衰え、病気になるリスクが高まり、肌のしわやシミといった見た目の変化など老いを実感するにつき、“年はとりたくない”と思う人は多いはずだ。しかし、医療や科学の進化とともに「老化」も変化している。時代遅れの常識をアップデートして老化と向き合いたい。
ヒトだけに起こる「老化」。それは子孫繁栄のためだった!
老後をいかに生きるか、というテーマは実は人間だけに課せられたもの。老化研究の第一人者で東京大学定量生命科学研究所教授の小林武彦さんが言う。
「生殖能力が失われてから死ぬまでの期間を老後とするならば、閉経後も生き続けられるのはヒト、シャチ、ゴンドウクジラだけ。ヒト以外のあらゆる野生動物はいわゆる老後はなくピンピンコロリで死んでいきます。老化で調子が悪くなれば小さな動物は外敵から食べられやすくなり、大きな動物は食べ物を得る能力を失っていく。野生動物にとっては老いること自体メリットがないため、閉経し子孫を残すことができなくなれば急激に代謝が衰え死んでいくのです」(小林さん・以下同)
人間界にはシニアが必要
なぜ人間にだけ老後があるのか。
「ヒトは進化していく過程で、老人がいた方が有利だったからです。大きなコミュニティーをまとめるためにも、子育てのためにも知恵を授けて手助けしてくれるシニアの存在が必要だった。野生動物とは異なり、ヒトが他人のことを考えられる利他的な生き物だったからともいえるでしょう」
ただし、動物が生きる環境によっては例外もある。
「近年、ペットの認知症や介護が問題になっています。ペットは野生動物と違って捕食の必要性や飢えの心配がないので、体が衰えても“死なずに生きていられる”のです」
「昔のヒトは短命」はウソ、江戸時代でも70代まで生きられた
1940年代前半までは男女ともに50才を下回っていた日本人の平均寿命は、戦後に大きく飛躍し、いまや男女ともに80才を超え世界一の長寿国となった。しかし、古くは江戸時代でも70代まで生きることは珍しくなかったと小林さんは話す。
「平均寿命は、子供の死亡率が高ければ下がります。戦前や戦時下は衛生状態や栄養状態が悪く、生まれてすぐに亡くなる子供も多かったため算出される平均寿命が低かった。室町時代や江戸時代などは言わずもがなですが、明治時代頃までは感染症で亡くなるかたが多かったんです。
徳川家康は75才まで生きましたし、成人まで生きられればその後、70代を超えるまで寿命を全うする人も多かったと思います」
寿命が延びているのは人間だけ
環境によって寿命に変化が見られるのは人間だけのようだ。
「野生の動物は基本的に寿命が延び、老化することにメリットがないので、生殖年齢+子育て年齢を生きられればそれでいい。唯一延びた動物は“人間に生かされている”飼育動物ですね」
老化は細胞から始まる。分裂できなくなると「老化細胞」に
老化研究の分野では近代に入り次々と新たな報告があり、「細胞の老化」に注目が集まっている。東京大学医科学研究所教授の中西真さんが解説する。
「老化の原因については、遺伝子にあらかじめ老化プログラムが組み込まれている『プログラム説』や、突然変異などによってDNAが傷つけられ老化が進む『エラー説』などさまざまな学説がありました。
ヒトには約270種類、約37兆個の細胞があると推定されており、神経細胞や筋肉細胞などもともと分裂しないものを除いて細胞には分裂回数に限界があります。分裂できなくなることで“老化細胞”となって炎症性の物質を出す。この物質が臓器などの機能低下や加齢性疾患を引き起こすと考えられています」(中西さん)
認知症は「脳の老化」ではなかった!
寿命の延伸とともに増えているのが病気。とりわけ認知症は2025年には65才以上の5人に1人がなるとも予測される。小林さんが言う。
「認知症は脳の老化によるものと考える人も多いでしょう。たしかに脳の神経細胞は加齢とともに減少しますが、直接、機能低下するわけではありません。減少する神経細胞は“使っていない”から。つまり必要な神経細胞だけが残り、洗練されていくといってもいい。新しいことを始めれば細胞は刺激されるので、神経のネットワークはいつまでも成長します」(小林さん)
老化はある程度コントロールできる
年をとる=老化する、すなわち老化の進行は自然の摂理と思いがち。しかし事実はそうではないかもしれない。
「加齢と老化は別物です。加齢によって老化が促進することは間違いありませんが、男女差もあれば遺伝子による違い、生活習慣による影響も大きく、ある程度コントロールできる可能性があります」(中西さん)
取材/小山内麗香
※女性セブン2024年8月22・29日号