
観る人にスポーツの価値再発見や感動をもたらしてくれる、4年に一度のオリンピック。ライターの田中稲氏は、パリ五輪を機に「歴代の五輪テーマソング」について調べるなかで、ある女性アーティストの魅力を「再発見」したという。スポーツの祭典がもたらしてくれた歌姫・島谷ひとみの楽曲との出会いについて、田中氏が綴る。
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パリオリンピックが終わった——。芸術が爆発し過ぎた開会式にはビックリしたが、連日、頑張れ頑張れ、と熱くなった。
祭りのあとは寂しいもの。しかし今年は大丈夫。というのも実は、オリンピックがきっかけで私の中ではじまった、別の祭りがまだ終わっていない。いや、盛り上がるばかりなのである。
それはズバリ「島谷ひとみ祭り」——。

きっかけは、7月某日に書いた、オリンピックソング記事(【パリ五輪開幕直前】ゆず『栄光の架橋』大黒摩季『熱くなれ』…オリンピックの歴代テーマ曲の“隠れた名曲”は「島谷ひとみ」、2024年はどんな注目曲が?)。過去のオリンピックソングも聴いてみようと検索したところ、島谷さんが2004年、テレ東のアテネ五輪公式テーマソングとして歌った『Z!Z!Z!−Zip!Zap!Zipangu!−』と出会い、これが、あまりにも素晴らしかったのだ。

私はオリンピックに出ていないが、まるで出たかのような興奮を覚えた。情熱的でエネルギーの螺旋が見えるような歌声! そこから、島谷ひとみさんの歌を後追いする日々である。今さら遅いぜというツッコミを覚悟で、敢えて呟かせてほしい。
島谷さん、歌、バリバリうまくない(汗)?
何を聴いても、どれを聴いても美しい。歌声のよどみなさ、清流の如しである。こんなに、聴いていてストレスを感じない高音があるだろうかと思うほど素直に伸びる。調べてみると、日曜日の人気バラエティー番組『千鳥の鬼レンチャン』のカラオケチャレンジにより、その歌唱力はすでに、現代の若者にも広く知られているそうではないか。私ったら、その時間帯は大河ドラマもしくはイッテQを見ており、彼女の雄姿と歌声を確認できていなかった。
もう遅いのか。いや、まだ遅くはない。デビュー25周年、改めて島谷ひとみを知りたい。いざ、パピヨン!

演歌からJ-POPへの転向曲『解放区』の仰天秘話
島谷さんがデビューしたのは1999年。1998年、1999年は、まさに歌姫ラッシュで、1998年は、宇多田ヒカルさん、浜崎あゆみさん、aiko、椎名林檎さん、1999年は、島谷ひとみさん、小柳ゆきさん、bird、夏川りみさん、太陽とシスコムーン、倉木麻衣さんがデビューしている。すすすすごい2年間だな!
神様が「さあ、歌いなさい、歌って世紀末を元気にするのです、歌ウマ女性たちよ……」と仕掛けたかのようではないか。
島谷さんのデビュー曲は演歌『大阪の女』。「大阪の女〜負けたら〜あかん♪」というサビがキャッチーな、とてもいい曲だった。しかしある日気づけば彼女は長い髪を揺らしてガンガンに踊るポップスの人になっていた。
ポップスに転向したのは早く、2ndシングル『解放区』(2000年)からだそうだが、私はこの曲を知らなかった。ということで、さっそく聴いてみた。うむむ、なにかこう、心の底が疼くような、複雑な感情がこみ上げる曲である。
作曲の織田哲郎さんがご自身のYouTubeチャンネル(2021年9月18日付)でこの歌について「(この曲を作っていた当時は)鬱が高じて酒浸りの時期で、脳みそが酒びたしだった」とヘビーな告白を交えて語っている。脳みそが酒びたし。凄まじい表現である。
「でも、(そんな時でも)いい曲作ってるなあと。とても好きな曲です。メジャーなのかマイナーなのかよくわからない。景気がいいんだか悪いんだか、寂しいんだか切ないんだかよくわからない」と、しみじみ語っておられた。あの複雑な感情、私はまんまと織田マジックにハマったというわけか……。

話を戻そう。島谷さんは3rdシングル『パピヨン〜papillon〜』(2001年)でブレイク。私が猛烈に覚えているのが4th『市場に行こう』(同)である。カセットに入れて繰り返し聴いたわ(遠い目)。イタリアが舞台のようなのだが、私のイメージは、パラレルワールドというか、迷い込んだ夢の中の市場の歌。魔法の香辛料の香りまで感じるような、独特のムードが大好きだった。本当に不思議な聴き心地!

スポーツと相性がいい「ストイックな歌声」
島谷さんはその後、7thシングル『亜麻色の髪の乙女』(2002年)がメガヒットし売れっ子に。しかしなぜか芸能人っぽさを感じず「この人とっても真面目なんだろうなあ」と勝手に思っていた。その印象は今も1ミリとて変わらない。
どれだけ激しくダンスしようとも、ブレず、スコーンとまっすぐ突き抜ける彼女の歌声に、浮かれ要素はなく、ものすごいストイックさを感じるのだ。スポーツと滅法相性がいいのはそのせいかもしれない。ザッと見るだけでも、前述した『Z!Z!Z!−Zip!Zap!Zipangu!−』のほか、2003年の『Perseus -ペルセウス-』(野球)、2008年の『Marvelous』(レスリング)、同年の『SMILES』(北京パラリンピックの車椅子バスケットボール)など、様々なスポーツの祭典、中継のテーマソングに起用されている。

興味深かったのが『GRAND HERO』。2006 FIFAワールドカップ中継テーマソングのタイアップを狙い作られた楽曲だそうだ。残念ながらタイアップ獲得は逃したものの、あまりに名曲なのでここぞという勝負どきしかシングルリリースをしない方向になり、そのまま時が過ぎ、2013年、15周年のベストアルバム(『15th Anniversary SUPER BEST』初回限定豪華盤のみ)にやっと収録されたという。な、7年間温存。もはや熟成……! 凄まじいその逸話に納得してしまうほど、壮大な名曲である。
そして現在、『太陽神』(2005年発売のアルバム『Heart&Symphony』収録曲)が人気女子プロレスラー、Sareeeさんの入場曲に使われているという。すごいな、スポーツマンへの魂の鼓舞率ハンパない!

クセがない歌声は巡り巡ってクセになる
煽るのではなく、寄り添う。どんなクレイジーパスが来たとて、島谷ひとみさんは、とても誠実に受け止め、歌うのだろう。
過去、渋谷哲平さんのベストアルバムを聴いた時も同じ清々しさを感じたのだが、メロディーに、歌声がとても姿勢正しく座っているイメージなのである。
声がいい人が、王道を守る間違いない信頼感、心地よさ、とでもいおうか。島谷ひとみさんの、クセがない歌声が巡り巡ってクセになり、感動がじわっと広がる。
新曲『KEEP A SMILE』、そしてSTU48と歌っている『花は誰のもの?(合唱Ver.)』(STU48のアルバム『『懐かしい明日Type A』収録)も、とてもいい。可憐で、素直だ。
だからこそ思う。なんで今まで聴かなかったんだろうッ(地団太)。悔しいが、そう思わせてくれる歌声に再会できたことが嬉しくもある。
いっそ喜びに浸ろう。島谷ひとみ祭りは続く!
◆ライター・田中稲

1969年生まれ。昭和歌謡・ドラマ、アイドル、世代研究を中心に執筆している。著書に『昭和歌謡 出る単 1008語』(誠文堂新光社)、『そろそろ日本の全世代についてまとめておこうか。』(青月社)がある。大阪の編集プロダクション・オフィステイクオーに所属し、『刑事ドラマ・ミステリーがよくわかる警察入門』(実業之日本社)など多数に執筆参加。新刊『なぜ、沢田研二は許されるのか』(実業之日本社刊)が好評発売中。他、ネットメディアへの寄稿多数。現在、CREA WEBで「勝手に再ブーム」を連載中。https://twitter.com/ine_tanaka
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