
ボーカルKUMIとギターNAOKIの男女2人からなるロックデュオLOVE PSYCHEDELICO。2001年発売の1stアルバム『THE GREATEST HITS』が200万枚を突破するなど、2000年代初頭の音楽シーンで輝きを放ちました。20年以上続くキャリアのなかで、ライターの田中稲さんを虜にしたのは3rdシングル『Last Smile』。英語と日本語を行ったり来たりする歌詞をはじめ、その独自の音楽世界の魅力を田中さんが綴ります。
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私にとって、時々無性に聴きたくなり、聴き出すと別人格が飛び出すという、かなり危険な曲がある。2000年にリリースされたLOVE PSYCHEDELICO(ラブサイケデリコ)の楽曲『Last Smile』である。
初めて聴いた時の衝撃たるや。心の整地されていないゾーンを歩いて迫ってくる足音のような、ジャリジャリとしたギターの音色。ほぼほぼアップダウンがない、呪文のようなメロディー。いきなりドラマチックに訪れる「♪目のま↑ェえで〜ラ〜スマ〜ァァァィ(目の前でLast smile)♪」というサビ! アンニュイだけど力強い、アンビバレントな歌声——。
洋楽なのかと思いきや、英語っぽい日本語がホロホロと聴こえてくる。歌っているのは日本のアーティストのようだ。マジで!? 私は正直、舌を巻くなどして日本語を英語っぽく歌う歌手が苦手なのだが、ラブサイケデリコはむしろ惹かれた。耳にスルリと入り、心臓までストレートに流れ、あとから英語と日本語がジュワッと心に分散していく感じ。
ゾワゾワと胸のあたりがざわめく。ところが聴いた後は、不思議な開放感と爽快感が残る。「なんだこの曲は……!」とオロオロしてしまった。
ボーカルのKUMIさんは帰国子女ということで、英語のネイティブ感はなるほど納得。しかし、あの英語日本語の歌詞は、もはやアメリカとかイギリスとか日本とか、そういう現実世界の類の言葉ではなく、「向こう岸」の公用語だと思っている。それほど本当に不思議な聴き心地。「楽園」「ヘヴン」という言葉に同居する怖さと憧れを、ガツンと体感させてくれるすごい曲だった。

全て、まるっとスタイリッシュ
『Last Smile』に大感動した私は、少し我を見失った。「この曲にハマることができた自分は、きっとスタイリッシュ」という、錯覚に陥ってしまったのである。
しかし、カン違いしても仕方がないというもの。楽曲は洗練されているのはもちろん、あのインパクト大の、女性のイラストが描かれたロゴマーク、そして「ラブサイケデリコ」というイカしたバンド名。全てが、まるっとスタイリッシュだった。それにハマった私もスタイリッシュだと思い込んで何が悪いのか。悪いのは若さである(といっても当時すでに30を超えていたが)。

彼らの音楽を聴くときは別人格になれる気がした。アルバム『THE GREATEST HITS』(2001年)を購入すべく、CDショップで手に取った時、意味もなく髪をかきあげたり、気だるい微笑みを浮かべたりしていた気がする。音楽の感動と陶酔力とは、それほどの威力を持つものである。
この1stアルバムのテーマは「ロックなんて聴かない女の子の部屋のCDの棚にロックのリフが入っているCDを1枚置く」だったそうだ。当時の私は思うつぼ。このテーマをそのまま実行に移していたことになる。くっ、まんまと!
不安の先にある開放感、絶望の先にある希望
思い出してみれば、私にとって2000年は、かなり不安なときだった。「1999年地球は滅びる」というノストラダムスの大予言など信じてはいなかったが、それでも、1990年代後半、阪神・淡路大震災やオウム事件など様々な出来事が続き、「何があってもおかしくない」とヒヤヒヤした。
無事2000年に入り、ホッとしながらも、なんだか今度は「結局世の中は変わらず続く」と確定したことに気が遠くなるというか、新たな不安を覚えたりもしたのである。
『Last Smile』は、当時抱いていた、当たり前のことが終わっていく不安のその先の開放感、絶望の先にある希望もちゃんと思い出せ、不思議とホッとするのだ。だから今も、一度再生を押せば、もう一回、もう一回、と繰り返し聴いてしまうのである。

そんななか、最近、ラジオでラブサイケデリコの新曲が流れてきた。2023年9月20日配信開始の『All the best to you』。近年の曲はあまり聴いていなかったが、一発で彼らとわかる声とメロディー!!
ああ、なんとも風のように吹き抜けるように自然! なんだか泣きたくなるような明るいメロディーが、そよそよとそよいできた。不思議な哀愁と、聴いた後に残る開放感は今もすばらしい。
ラブサイケデリコの楽園は、まだまだ美しい景色が広がっている。「向こう岸」だけではない、広がる世界に改めて浸ってみたくなった。
髪をかき上げ、微笑みを称えて。
◆ライター・田中稲

1969年生まれ。昭和歌謡・ドラマ、アイドル、世代研究を中心に執筆している。著書に『昭和歌謡 出る単 1008語』(誠文堂新光社)、『そろそろ日本の全世代についてまとめておこうか。』(青月社)がある。大阪の編集プロダクション・オフィステイクオーに所属し、『刑事ドラマ・ミステリーがよくわかる警察入門』(実業之日本社)など多数に執筆参加。他、ネットメディアへの寄稿多数。現在、CREA WEBで「勝手に再ブーム」を連載中。https://twitter.com/ine_tanaka