遺品整理・生前整理などの事業に加え、おひとりさまシニアのサポートを行う山村秀炯さん。著書の『老後ひとり暮らしの壁』(アスコム)には、多くのおひとりさまと関わる中で山村さんが見てきた、さまざまなケースがまとめられている。老後をひとりで迎える場合に待ち受ける壁のひとつとして健康問題があると語る山村さんに、入院することになったときのために知っておくべきことを教えてもらった。
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おひとりさまの多くは高齢者
「令和2年国勢調査」によると、女性の単身世帯の59%、つまり半数以上を50代後半以上が占めている。なお、男性の単身世帯の場合は50代後半以上の割合が38.4%で、65歳以上においては男性は7人に1人、女性は4人に1人が単身世帯だ。
「少子高齢化が進む現在、『おひとりさま』の多くは高齢者というのが日本の現実ではないでしょうか」(山村さん・以下同)
健康でいるうちは、お金や時間を自由に使い、思うように生きることができるおひとりさまも、「ひとたび大病を患ってしまうと、看病してくれる人もなく、窮地に陥りかねません」と山村さんはいう。
とはいえ、けがをしたり、病気になったりせずに暮らすことは容易ではない。
おひとりさまの入院問題
「おひとりさまの悩みの典型は、健康を害したときの入院問題にあります」と山村さん。
年
をとるごとに体がおとろえていくことは避けられない。厚生労働省の「患者調査(令和2年)」では、患者の年齢と平均入院日数の長さは右肩上がりで比例し、90歳以上の平均入院日数は、1回あたり65.3日間となっている。
なぜ、入院がおひとりさまの問題になるかというと、日本の病院のほとんどで、手続きの際に入院費用の支払いを担保する連帯保証人と、緊急時の身元引受人の記載が必要だからだ。
「身元引受人(緊急時連絡先)というのは、万が一、病院内で亡くなってしまった場合などに遺体を引き取ってもらう人です。これが決まっていないと病院には身元不明の遺体がどんどん溜まっていくようなことにもなりかねません」
身元引受人の選定
通常、患者の同居人が記載される身元引受人だが、おひとりさまの場合は誰に頼めばいいのだろうか。
「このような場合は、親きょうだいなど、別居している親族に身元引受人を頼むことになります」
山村さんは「もちろん親族であれば、それくらいの頼みは引き受けてくれるでしょう」と話す。一方で、葬儀や墓のこと、相続や役所への手続きなど、死後に発生する問題をどうするかをあらかじめ考えて準備しておき、明確に伝えておく必要があるという。
また、身元引受人は、本人の意識がなくなった場合に、本人に代わって医療行為に同意する役目もある。そのため、選定には気を使う必要があり、入院時にいきなり頼まれても相手を困らせてしまう。
「健康で元気なときにあらかじめ『もし入院することになったら身元引受人をお願いします』と頼んでおく必要があります」
身元引受人を依頼する人に伝えること
そして、身元引受人にどんなことをしてもらうのか、事前に伝えておくべきは、以下のようなことだ。
【1】緊急連絡先
身元引受人とは、入院時に緊急連絡先としてその人の名前と電話番号が記載されることを意味する。許可を得ておくこと。
【2】同意書へのサイン
身元引受人は、場合によっては入院や手術の同意書へのサインを求められる可能性がある。患者本人のサインだけでOKという病院もある。
【3】入院中に必要な物品の準備
入院時に体がほとんど動かないような状態であった場合、身元引受人に、入院中に必要な物品(お金や着替え、歯ブラシ、ティッシュペーパーなど)の準備を頼む可能性がある。
【4】入院費の立て替え
十分に入院費にあてられる金額の貯金があるとしても、一時的に立替払いを頼む可能性がある。また、自身が入院費を支払えなかったときの最終的な請求は、後述する連帯保証人に行
くため、身元引受人が連帯保証人と同一人物でない場合は、金銭的な負担をかけることにはならない。
【5】退院支援
無事、退院できることになったときでも、車椅子に乗ったままということもある。入院中の部屋の管理と合わせて、身元引受人の世話になる可能性がある。
【6】(死亡時の) 遺体・遺品の引き取り・葬儀等
万が一、入院中に亡くなるようなことがあった場合、遺体や遺品は身元引受人が引き取ることになる。死後の葬儀などの希望があれば伝えておく。
法律によって、身元引受人がいないからといって入院できないということはないものの、治療が滞る可能性はあるので、山村さんはあらかじめ誰かに頼んでおくことをすすめている。
入院時の連帯保証人
入院時に、身元引受人と別に必要となる連帯保証人。入院した本人がなんらかの事情で医療費の支払いをできない場合、代わりに支払いを保証する人のことで、本人に支払いが可能な限りは連絡がいくことはないという。
しかし、病気が長引いたり、高額な先進医療を受けることになったり、万が一のことを考えると、お金が絡む頼み事はしにくいものだ。
連帯保証人の選定
一般的に、連帯保証人は「患者と独立した生計を営み、かつ支払い能力を有する成年者」という条件があるという。
「たとえば、同居している配偶者は同一生計となっているので、身元引受人になれても連帯保証人にはなれません。あなたがおひとりさまで、田舎の老親に仕送りをして扶養親族にしている場合は、やはり同一生計とみなされるので、その老親は身元引受人になれても連帯保証人にはできないのです」
医療費の支払いに何の問題もなければ連帯保証人は名義だけのものとなるが、お金に関わることだけに、他人には頼みづらいものだ。
「連帯保証人を他人に依頼するときは、自分の貯金額を伝えて、『絶対に迷惑がかかることはない』と保証するくらいのパフォーマンスが必要かもしれません」
高額療養費制度について知っておく
一方で、日本では高額療養費制度によって、保険診療の場合は自己負担の限度額が決められている。
「高額療養費制度とは、医療費の家計負担が重くならないように、1か月の上限額を定めて、その金額を超えた分は国から支給するという制度です」
現役世代は3割、70歳以上からは3〜1割負担である医療費の自己負担分が上限を超えた場合に、超過分を支給してもらうことができる。上限額は年齢、所得によって異なるが、一例として70歳未満で年収300万円の会社員の場合、ひと月あたりの上限額は5万7600円だ(2024年2月時点)。
「高額療養費制度での補填は、基本的に後から還付されるものなので、病院の窓口では、上限を超えた額であってもいったんは自己負担する必要があります。この支払いが負担になるという場合は、事前に自分の加入している『健康保険限度額適用認定書』を申請して取得しておくことで、病院の窓口でも限度額までの支払いで済ませることができます」
身元引受人や連帯保証人を頼める付き合いも必要
山村さんは「高額療養費制度は、『医療保険要らず』といわれるほど手厚い制度です」と話すが、「仕組みが複雑すぎて理解している人が少ないのが難点」だと続ける。
病院側は制度をよく理解しており、連帯保証人に入院時に連絡したり、支払い能力の有無を確認したりすることもたいていはないという。とはいえ、深い付き合いのない他人に入院時の身元引受人や連帯保証人を頼むのは難しいだろう。
「たとえば、おひとりさま同士で、お互いに相手の身元引受人になるとか、遺産の一部を相続できるように遺言書を書いておくとか、何かしら相手にとってメリットのある約束にしておかないと、いざというときに頼りにならないかもしれません」
また、クレジットカードを登録したり、あらかじめ一定額の入院保証金を入れたりすることで、連帯保証人は不要としている病院もあるとのこと。事前にそのような病院を調べておくことも、周りに迷惑をかけずにおひとりさまとして生きる上で必要なことといえるだろう。
◆教えてくれたのは:山村秀炯さん
やまむら・しゅうけい。株式会社GoodService代表。愛知県を中心に遺品整理、生前整理などの事業を行う中で、ひとり暮らしシニアのさまざまな問題に直面。親族や友人に頼れない、頼りたくない「おひとりさま」という生き方を尊重し、なおかつ不安やトラブルなく生きていくためのサポート事業を新たに立ち上げる。メディアへの出演・取材協力も多数。著書に『老後ひとり暮らしの壁』(アスコム)。https://shukei-yamamura.com/