不調改善

《女性の心と体を救う「性差医療」》体格やホルモンバランス、働き方や生活習慣など「男女の違い」を反映した医療が進化している

肩をもむ女性
性差医療についてレポート(写真/PIXTA)
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【女性セブン連載第1回】ジェンダー問題は医療においても深刻だ。「男性医師による男性患者の治療」が長らく“医療界の基本”だったため、女性の体、ひいては命が軽視されてきたことが近年、明確になってきた。それに抗うように、女性の病気の発見や治療を重視する「性差医療」が急速に発展しつつある。医療ライターの井手ゆきえさんが、進化している性差医療についてレポートする。

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性差医療とは、男性と女性の体の構造の違いや、社会から求められるジェンダー(社会的・文化的性)の影響で生じる病気の男女差に注目した医療を指す。つい数十年前まで、性差がはっきりした医療といえば妊娠と出産にまつわる産婦人科系や男性の泌尿器科系など、いわゆる「プライベートゾーン」の病気のみ。

「男女に共通する糖尿病や脂質異常症(高コレステロール血症)などの病気については、実は予防法から診断、治療にいたるまで、ほぼ男性が基準でした」

東京大学医学部附属病院老年病科内の女性総合外来に開設当初から携わり、内科医として性差を考慮した診察、治療を行ってきたアットホーム表参道クリニック副院長の宮尾益理子さんはそう説明する。

しかし、1990年代以降、女性の病気や治療に関する研究が進んだ結果、女性の方が男性よりもかかりやすい病気や、より早期発見がしにくく結果的に手遅れになりかねない病気、そして自覚症状や発症時期の違いなどがわかってきた。

「近年の研究では、一般的に使われている薬の効き目や副作用にも性差があることが明らかになっています」(宮尾さん)

心筋梗塞に胸の痛みなし

有病率の性差については別表の通りさまざまあり、骨粗しょう症や認知症、なかでも自己免疫疾患については2〜10倍ほど女性がかかりやすいとされる。

男女の病気の発症の差をリスト化
病気は男女によって発症に性差がある!病院に通院している人の人口1000人あたりの割合をもとに、男女差が1.5倍以上ある疾患をピックアップしたもの
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これからの寒い季節に増える心筋梗塞や狭心症も、性差に注意が必要な病気の1つ。女性患者の数は男性の3分の1ほどだが、一度発症した後の経過は女性の方が思わしくない。入院後30日以内の死亡率は男性のおよそ2倍だ。

この衝撃的な性差は、男性より高齢の患者が多いからだといわれているが、もうひとつ、典型的な自覚症状の「胸の痛み」が男性よりも少なく、肩こりやあご、首の痛み、あるいはみぞおちの痛みや吐き気など、心臓の病気とは結びつかない症状を訴えることが多く、診断が遅れてしまう可能性が指摘されている。

性差が女性にとって命を脅かしかねないとして注目されているのが「隠れ狭心症」ともいわれる微小血管狭心症だ。

検査で見える血管は全体の5%のみ

「実は、心臓の血管を見る画像検査で確認できる血管は全体の5%に過ぎません。従来は男性を基準とし、その5%で心筋梗塞や狭心症の診断を下していました」

熊本大学病院循環器内科で、女性の心血管疾患を診ている河野宏明さんは微小血管狭心症について、こう解説し、次のように続ける。

「画像検査で確認できるような太い血管が詰まって発症する狭心症と違って、微小血管狭心症は冠動脈という太い幹から枝分かれをして内側に入り込み、心臓の筋肉に栄養と酸素を届ける直径0.5mm以下の微小血管で異常が生じ、発症していると考えられます。

女性の狭心症はこちらのケースが多く、画像検査では見えない残りの95%で発症しているということになります」

つまり、微小血管狭心症は、従来の男性基準では見えなかった「未知の狭心症」というわけだ。

狭心症の痛みの男女の違いのイメージイラスト
狭心症の痛みも男女で異なる
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微小血管狭心症は患者の7割が女性

一般に狭心症が疑われると、まず、運動や薬剤で心臓に負担をかけながら心電図を取る「負荷心電図検査」が行われる。

トレッドミルやエアロバイクなどのランニングマシンで運動しながら心電図を記録するもので、運動中に心筋が「酸欠」を起こすと、血流不足を示す典型的な波形が現れる。

心電図に異常を認めた場合は、さらに心臓の血流を観察する血管造影検査が実施される。従来の狭心症ならば、心臓の表面を走る太い冠動脈(直径2~4mm)の血流が滞る様子が観察されるはずだ。

「ところが10人に1人の割合で、心電図に明らかな異常があるにもかかわらず、冠動脈には何の病変も見つからないケースがあります。そうした症例の7割は閉経後の女性です」(河野さん・以下同)

幸いなことに、微小血管狭心症は致命的な心臓病ではないという。

「ただ、安静にしていても数分から長いときは30分以上も続く胸痛や不快な症状に悩まされます。また、持病や服薬などほかのリスクによっては微小血管狭心症が悪化したり、ほかに影響することもあり得る。たとえば糖尿病、脂質異常症などの生活習慣病がある人は、より注意が必要です」

医療界ではよく「男性は病気で命を失い、女性は病気で生活の質(QOL)を失う」といわれるが、微小血管狭心症はその典型だ。自覚症状が多彩なだけに、狭心症の性差を理解している医師に診察されない限り、原因不明の不定愁訴と“誤診断”されかねない。

別掲の図にある「非典型的」な自覚症状に心当たりがある更年期~閉経後の女性は、一度、循環器専門医に相談してみるといいだろう。特に、家族に心筋梗塞や狭心症の既往があるなら時間をとっても損はない。

治療法としては、いまのところ不整脈や狭心症の薬でもある降圧剤のカルシウム拮抗薬が第一選択薬だ。このほか、抗不安薬、漢方薬も処方されている。

アメリカでは、女性の微小血管狭心症患者のみを対象に、既存の脂質異常症治療薬(スタチン系)と降圧剤のARB薬もしくはACE阻害薬を組み合わせた治療方法の効果と副作用を調べる臨床試験が進行中だ。

これは女性にフォーカスを当てた試験であり、結果が待ち望まれる。

性差の背後に性ホルモンあり

狭心症に限らず、性差医療に関しては、性ホルモンの変化を抜きに語ることはできない。

女性ホルモンと呼ばれるエストロゲンは、妊娠、出産以外に、血管や骨、関節、脳の健康を保つ作用があり、思春期〜更年期の女性をがっちり守ってくれる。

一方、男性ホルモンと呼ばれるテストステロンには、筋肉量の増加や骨の強化のほか、造血作用や認知機能の低下を防ぐ働きがある。

女性ホルモン、男性ホルモンという名称で誤解されがちだが、実は男女とも量の違いがあるだけで、2つの性ホルモンを分泌しており両方ともヒトの生命活動に欠かせない。それだけに、加齢とともに分泌量が減ると、病気に抗う力も低下していく。男性に比べ、女性の場合は減少量が大きいことも有病率の性差への関連が指摘される。

年齢によるホルモン分泌量の男女差をグラフ化
年齢による男女の性ホルモンの変化(出典/Ober C,et al.Nat Rev Genet.2008;9(12):911-22)
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女性の場合、エストロゲンが急激に減少する平均50才の閉経前後から、さまざまな病気の発症率がぐんと上昇する。たとえば、閉経前に脂質異常症と診断される女性は、男性の半分以下だが、50才を過ぎると男女比が逆転し、50代後半から、男性の3〜4倍に増加。骨粗しょう症もエストロゲンの骨保護作用が激減する50代前半から診断例が増え始める。

こうした影響を考えると、女性にとって必要なのは単純な男女差を加味した性差医療はもちろん、生涯のエストロゲンの変化に配慮した緻密な個別化医療ともいえるだろう。

ホルモン充填療法は開始タイミングが鍵

性差医療が脚光を浴びるにつれ、以前から行われているホルモン補充療法(HRT)という治療法が、それまでとは異なる面で注目されるようになってきた。

HRTは、エストロゲンを錠剤、もしくはパッチ剤(貼り薬)や塗り薬で補充する方法で、元々、更年期に起こるホットフラッシュや息切れ、イライラ感や性交痛といった不快な症状を和らげるのが一般的だった。しかし近年は、閉経後10年を過ぎてから目立って増えてくる動脈硬化性疾患(心筋梗塞や脳卒中)や骨粗しょう症に伴う骨折、さらには認知症に対する発症予防効果が期待されている。

「重要なのは、HRTを始めるタイミングです。60才を過ぎてから、あるいは閉経後10年以上経ってからHRTを始めても、メリットは極めて少ないことが明らかになっているからです。

さまざまな薬
ホルモン充填療法が注目を集めている(写真/PIXTA)
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一方、50代あるいは閉経後10年以内にHRTを行った場合は、心筋梗塞や狭心症の発症リスクと、全死亡リスクが30~48%低下するほか、女性の寝たきり要因トップ5に入る股関節の骨折リスクが33%低下することが示されています」

認知症の予防効果については明確な結論は出ていないが、少なくともHRT経験者の認知機能の低下スピードは、非経験者に比べ遅いこともわかってきた。河野さんは循環器専門医の立場からこう解説する。

「結論からいうと、頑固な動脈硬化が完成してしまう前、つまり血管がまだ若い45〜55才くらいでHRTを行うのは有益です。一時期、HRTを行うことで乳がんリスクが高まることが懸念されましたが影響は小さく、HRTを中止した後は低下することがわかっているので、積極的に試す価値はあると思います」

大きな病気のリスクがない場合でも、HRTを受けることは可能なのか。

「ほんの少しでも日常生活に差し障りがあるなら、まずは1か月間試してみましょう。症状が改善されたらそのまま続け、変化がなければ止めてもいいのです。年単位だと腰が引けますが、1か月単位で考えていきましょう」

男性基準の医療から多様性の医療へ

これまで現役バリバリの男性を基準にしてきた医療も、ようやく女性の特性や加齢の影響、さらにジェンダーや多様な性へと目を向けて変化する兆しが見えてきた。河野さんが言う。

「これからは女性を診る視点で、男性の病気を見直す場面も増えてくるでしょう。男性はこうだ、女性はこうあるべきというジェンダーに縛られると両性とも窮屈になります。
病は気からというようにメンタルが疲弊して病気になりかねません」

性差を重視した適切な診断と治療が、病気のリスク軽減や寿命に大きくかかわることがわかってきたが、世界に比べると日本はまだまだ“性差医療後進国”と言わざるをえない。どのような経緯で性差医療が切り拓かれ、発展してきたのかを明らかにしていくことで、今後の“可能性”が見えてくる。

※女性セブン2024年11月14日号

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