「犬も人間のように咳やくしゃみをしたり、鼻水をたらしたりすることがあるが、鼻血まで出てきたら特に注意が必要」、獣医師の鳥海早紀さんはこう話す。深刻な病気の可能性が、決して低くないからだ。犬の鼻血の原因で多い病気について、鳥海さんに解説してもらった。
犬の鼻血は甘く見てはいけない
犬の鼻血は人間と違って、頻繁にあるものではないそうだ。だからこそ、「犬の鼻汁に血液が混じるようなことがあれば、動物病院に連れて行ってあげてください」と、鳥海さんは言う。人間なら物理的な刺激やのぼせ、カフェインの摂り過ぎなどが原因で、鼻血が出ることがあるが、犬の場合は疾患の可能性が高いという。
「鼻血が主訴で病院に連れてこられた犬は、検査の結果、鼻腔内腫瘍だと分かることが多いです。私の勤務する病院グループでは、45%にも上ります」と鳥海さん。人間なら考えられないような数字だ。ちなみに「猫が鼻血を出していたら、獣医はまずリンパ腫を疑います」というから、症状から疾患を“逆引き”するときには、人間の感覚を当てはめないように気をつけたいところだ。
犬の鼻腔内腫瘍とは、鼻腔(鼻の孔から奥にある空洞)や副鼻腔(鼻腔とは別に、額の辺りにある空洞)にできる腫瘍のこと。腫瘍には良性と悪性があるが、犬の鼻腔内腫瘍の場合は多くが悪性、いわゆる癌(がん)だという。犬のがんも人間と同様で、がん細胞が大量に増殖することで周りの正常な組織を破壊し、さまざまな症状を引き起こす。
「鼻腔内腫瘍が進行すると、鼻の奥の左右を分けている骨(鼻中隔)が溶けてしまったり、がんに占拠されてしまったりすることがあります。鼻の近くには脳や目があるので、腫瘍がそちらへ大きくなって、脳や眼球が圧迫されてしまうこともありますね。まれに近くのリンパ節に転移することも。そうなると最悪の場合、がんが全身に広がってしまいます」(鳥海さん・以下同)
とにかく早期発見・早期治療
鼻腔内腫瘍の治療は、放射線の照射を選択するケースが多いという。「アニコム家庭どうぶつ白書2023」によれば、年間診療回数が平均10.6回と通院頻度が高く、年間の診療費も平均で32万4825円とどうしても高額になりやすいようだ。
「脳に近い位置なので外科手術は難しいです。手術がうまくいって一時的に体調がよくなることはあるのですが、どうしてもがんを完全に切除しきれないことが多く、数か月のうちに再び腫瘍が大きくなってしまったりするんです。根治に至る可能性が高くないなかで、リスクのある手術を選択するべきなのかどうか、議論の尽きないところだと思います」
がんが早期に見つかって、小さいうちに治療を始められた場合は、放射線治療を数か月続けるとがんがさらに小さくなり、そのまま再発しない例もある。
「がんは病気の原因が今も解明されていないので、予防法は確立されていません。大切なのは早期発見。日ごろから愛犬の様子をよく見てあげて、異変に早く気づくことが重要です」
腫瘍の次に多いのが鼻炎
犬の鼻血で、鼻腔内腫瘍に次いで多いのが、鼻炎だ。鼻腔内の粘膜に炎症が起きた状態を鼻炎と呼ぶ。鼻炎はウイルスや細菌、真菌(カビ)などの感染症によって発生したり、口腔内の疾患に続いて発生したりする。アレルギーが原因のこともある。
「鼻血で私たちのグループの病院を受診した犬の30%程度が鼻炎ですね。カビや細菌の感染によることが多いように思いますが、原因がさまざまなので、まず特定してから、原因に合わせて治療します。症状が軽ければ抗生剤や消炎剤などで、数日ほどでよくなることもあります。一方で、慢性化して長引いてしまうこともありますね」
鼻炎予防というより感染症予防をしっかりと
鼻炎は、チワワやミニチュア・ダックスフントでほかの犬種よりやや多いというデータがあるものの、犬種や性別などによる偏りは基本的に少ない。年間で、鼻炎のために病院にかかる犬は200頭に1頭ほどと全体の発生率も高くない。ただ、怖い病気につながる可能性が気になるところだ。鼻腔内に腫瘍ができたために炎症が現れることがあるというが、逆に、鼻炎から鼻腔内腫瘍に進んでしまうようなことはないのだろうか。
「そういった報告はありません。鼻炎と診断された後に同じ場所に腫瘍が見つかることはありますが、もともと腫瘍から来る炎症だったのか、炎症が腫瘍を引き起こしたのか判別することはできないので……」
それでも、予防はおこたらないでほしいと鳥海さんは話す。
「鼻炎の原因にもなるカビや細菌の感染症には皮膚糸状菌症やレプトスピラ症など、人間に感染するものもありますし、どんな病気でも犬のQOLを低下させることは間違いないので、できるだけ予防はしましょう。犬はニオイで人や物や場所を認識しようとするので、鼻をあちこちに突っ込んだり近づけたりします。鼻先が汚れやすいので、鼻周りを清潔に保ってあげてください」
散歩から帰ったら、顔周りをタオルで拭いてあげたり、住環境を清潔に保ったりすると、ある程度、予防効果が期待できるという。
◆教えてくれたのは:獣医師・鳥海早紀さん
獣医師。山口大学卒業(獣医解剖学研究室)。一般診療で経験を積み、院長も経験。現在は獣医麻酔科担当としてアニコムグループの動物病院で手術麻酔を担当している。
取材・文/赤坂麻実
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