《女性の心と体を救う「性差医療」》「女性専門外来」の医師をかかりつけ医にするメリットは「性差と個人のライフステージを考慮し総合的に診てもらえる」、その見つけ方は?
【女性セブン連載第3回】。家事、育児、介護など、女性が自分より他人の世話に追われるという「ジェンダーの偏り」は健康格差を生み続けてきた。性差医療を実践し女性のための外来最前線に立つ名医たちを知ることは、あなたを加齢や更年期のゆらぎから解放する光になるだろう。医療ライターの井手ゆきえさんが、進化している性差医療についてレポートする。
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医療分野に限らず、社会が生物学的な性差やジェンダーの影響を敏感に捉えるようになったのは最近のことだ。近年は、男性中心の社会で蔑ろにされてきた空白を埋めようと、さまざまな分野で「ジェンダード・イノベーション」︱ジェンダー視点を新しい技術の開発や研究に組み入れ、革新的な創造へ結びつけようとする動きが顕著になっている。性差医療の推進も、男性中心に体系化されてきた医療に変革をもたらすジェンダード・イノベーションの一環だ。
女性の健康と幸福のために力を尽くしている医師たちは、医師であると同時に、「ジェンダーの偏り」から生じる健康格差を解消しようと奮闘しているイノベーターでもある。
婚姻や妊娠、出産でキャリアを断たれる
ひとりの女性の不調の後ろには、さまざまな社会的な病因が隠されている。
いまでこそ、高校卒業後の女性の進学率は高まったが、かつては男性に比べ格段に低く、専門知識や経験を生かした知的職業に就くチャンスが少なかった。たとえ、知的職業に就いたとしても、婚姻や妊娠、出産などでキャリアを絶たれることも珍しくはなかった。職業や生涯学習に伴う一生涯の「知的活動」は、認知症リスクを下げることが科学的に証明されており、女性は男性よりも不利な立場に置かれていたわけだ。
さらに、女性が家事や育児、介護負担を圧倒的に担っていることも、疾病リスクの性差を広げてしまう。
性差医療を実践する「女性専門外来」は、病気の診断、治療を通じ社会の課題に向き合う場でもある。
女性専門外来のなにがいいのか
女性セブン11月7日発売号で触れた通り、日本では2000年代初頭、「女性専門外来」の開設ブームがあった。各施設で細かい違いはあったものの、共通するのは【1】臓器別ではなく、あらゆる訴えに応じる、【2】完全予約制、【3】初診は女性医師が担当し、充分な時間をとる、の3点だ。特に【3】については、同性の目線で複雑に絡み合った病因を解きほぐす意図もあっただろう。
しかし当時は、初診を担う女性医師の数が少なかったうえに、30分以上かけて丁寧に問診を行うスタイルは保険診療内での採算が合わず、女性専門外来の多くは、数年のうちに縮小を余儀なくされた。
「それでも、女性専門外来という名称が一般に広まったことで、産婦人科以外の診療科でも性差を意識せざるを得ないなど、社会的に大きなインパクトがあったと思います」
そう指摘するのは、東京大学医学部附属病院老年病科内の女性外来に開設当初から携わり、現在はアットホーム表参道クリニック副院長として日々、患者と接している宮尾益理子さんだ。
実際、大病院の女性専門外来が縮小するのと時を同じくして、町中には「女性総合外来」や「女性内科」を標榜する一般の診療所が増え、不調に思い悩む女性の「パートナー・ドクター(かかりつけ医)」として機能している。
「女性外来をかかりつけにするメリットは、性差と個人のライフステージを考慮し、総合的に診てもらえる点です」(宮尾さん・以下同)
女性の健康問題は図にあるように、ライフステージで大きく変化する。
女性のライフステージごとにかかりやすい病気や症状
厚生労働省「働く女性の心とからだの応援サイト」女性ホルモンとライフステージ(11月5日時点)を参考に作図
特に性ホルモンが減少する更年期の40~50代は体のあちこちに不調が表れ、いちいち臓器別の診療科を受診していては、心身ともに負担が大きい。しかし、女性を総合的に診る女性外来ならばワンストップで相談が叶い、必要に応じて専門医へ紹介してもらえる。
ライフステージを意識したかかりつけ医を探すなら、思春期~性成熟期は産婦人科を、更年期以降は更年期外来や女性外来を選ぶといいだろう。宮尾さんは、「老年内科も、加齢と性差の専門家としてライフステージの変化を敏感にくみ取り、臓器ではなく、ひとりの体の全体を診療する科」だと指摘する。
もともと老年内科では、加齢や性ホルモンの変化と関係が深い骨粗しょう症や動脈硬化性疾患、そして認知症の診療がテーマとされてきた。女性だけでなく、男性も診ているので、それぞれのライフステージの中で、ジェンダー、男女の役割分担への感度が高い。
たとえば、更年期を迎える女性は、妻として夫の世話をしながら、娘や嫁としての介護が加わる。母として育児が真っ最中の人もいるだろう。このような状況では、不調を我慢したり健診さえ受けなかったりと自分の健康を後回しにしがちだ。夫の仕事には定年があっても、妻の主婦業には定年がなく、夫の在宅により時間的な束縛も家事負担も増える。
「老年内科では介護者(ケアギバー)も診療の対象なので、介護者である奥さんや、娘さんの負担が軽くなるよう、介護保険の利用など本人と介護者の両方に具体的な提案をすることも多いのです」
個人全体としての健康と、家族や仕事など社会的背景も考慮しつつ、次の10年、20年を健康に過ごすための方法を一緒に考えてくれる。
かかりつけ医を見つける方法とコツ
そうはいっても、自分に合ったかかりつけ医を見つけるのは簡単なことではない。
「まずは予防接種や自治体の無料健診をしっかり受けること。それはかかりつけ医を探すチャンスにもなります」と宮尾さんはアドバイスする。
「健診結果を聞く際に、心配事や自覚症状を話してみましょう。あなたの話を受け流すことなく、反応して興味を持ってくれるか否かがポイントです」
また、初診時に【1】これまでの病歴と現在の症状、【2】どういう医療機関にかかってきたか、【3】サプリメントを含めていま、どんな薬をのんでいるか、【4】両親、兄弟姉妹など血縁者の病歴(家族歴)など、個人の背景をきちんと聞いてくれる医師は、かかりつけ医の有力な候補だ。
「女性外来のキーワードは『傾聴と共感』です。それが当たり前に実践できる医師は、男性、女性にかかわらず、性差と加齢変化に代表される個々人の違いを認め、真摯に対応してくれる医師だと思います」
まだすべて解明されたわけではない
女性外来を選ぶうえで、大きな判断基準のひとつが、「自由診療」か「保険診療」かということ。疾病や機能障害であればもちろん保険診療で、自由診療にも美容医療やメンタルケアに力を入れるクリニックなど、魅力的な施設は多い。ただ、これまで見てきたように保険診療内でも、医師の裁量次第で女性に必要な医療は充分受けられる。
女性特有の症状をやわらげることが期待される漢方薬も、日本は西洋医学の医師免許保持者が保険診療内で漢方薬を処方できる唯一の国であり、3割負担で恩恵を享受できる。
性差医療に長けた医師であれば、漢方薬についての知見も深く、不調を整える選択肢として漢方薬をすすめるケースも多い。「漢方薬を試したい」という希望に応じられる医師か否かも選択ポイントになる。
かかりつけ医を見つけるヒントはまだある。「日本性差医学・医療学会」の認定医から探してみるのもいいだろう。
「日本性差医学・医療学会では、2021年に認定医と指導士の認定制度を立ち上げました。2024年1月現在、歯科医師を含む56名が認定されており、脳・心臓・腎臓・消化器からメンタルヘルスまで幅広い守備範囲の医師が揃っています」
2003年に設立された「女性医療ネットワーク」は、“女性医療を女性の健康と幸福に貢献できる総合医療として育てる”という志を共有する内科医と婦人科医が中心の団体で、幅広いエリアで女性外来やクリニックを見つけることができる。
ほかにも、更年期女性に詳しい医師らが所属する「日本女性医学学会」からも全国の老年内科の専門医を見つけることができる。
“女性外来産みの親”として知られ、80才を超えてなお現役で性差医療に取り組む循環器内科医の天野惠子さんが言う。
「女性のライフサイクルに伴って起こる不調は、まだすべてが解明されたわけではありません。まずは病気に性差があるということを知ることから始め、自分自身の体が発するメッセージに耳を傾けてください」
掲載したリストは、性差医療の名医たちが紹介する「女性外来のスペシャリスト」だ。これも参考に、人生を共に歩んでくれる医師を探してほしい。
性差医療・女性外来の名医
医療のジェンダード・イノベーションはまだこれからだ。長らく男性中心で体系化されてきた医療を改革するには、それなりの時間がかかるだろう。
そして何より、治療を受ける女性たち自身の「診療データを蓄積していく」ことへの協力なしでは実現不可能だ。あなたの抱える不調、治療、克服という貴重な経験が、次世代の女性たちの糧になる。
※女性セブン2024年11月28日号