大手弁護士事務所「ベリーベスト法律事務所」に対しての、競合弁護士事務所による産業スパイ行為疑惑は、東京弁護士会懲戒委員会により「疑いはある」とされながらも、懲戒処分は見送られた。一方で、それら疑惑の残る行為で得られた証拠をもとに「非弁提携」との指摘を受けたベリーベストは、弁護士会から懲戒処分を受けた。ベリーベストはこれを不服とし、高等裁判所で裁決取り消し訴訟を起こす。そして今年6月末、高裁は原告ベリーベストの請求を棄却する判決を出した。【前後編の後編】
「こちらが出した主張の9割は判断しないまま放置し、懲戒処分を正当化する論点だけを誇張した判決です。日弁連と裁判所、検察は、『法曹三者』と言われ緊張関係が求められますが、裁判所が日弁連におもねった判断をしていると言わざるを得ない」
こう憤るのは、ベリーベストの代理人を務めた、前参議院議員で弁護士の丸山和也さんだ。
懲戒事件の概要は次のようなものだ。ベリーベストは過払金返還請求事件を手掛ける最大手の司法書士事務所から、過払金請求案件を引き継いでいた。司法書士は訴訟金額が140万円以下の場合、簡易裁判所への訴訟提起などを行えるが、それ以上の金額になると、違法になるため弁護士に引き継がなければいけない。
ベリーベストは司法書士事務所に対して、本人訴訟支援(本人が自分で訴訟をする場合において訴状などの書面を作成する法務支援)と同額である約20万円を、S事務所が作成した裁判書類などの対価として支払っていた。東京弁護士会と日弁連は、これが訴訟案件の「紹介料」であるとし、ベリーベストは禁じられている「非弁提携」を行ったとして懲戒処分を行ったのだ。
「ガイドラインを放置」は高裁判決で触れられず
司法書士から弁護士への案件の引き継ぎを巡っては、日本司法書士会連合会が、「非弁提携」とならないようにガイドラインを制定してほしいと要請してきた。ところが、日弁連は明確な基準(行政手続法でいう「処分基準」)やガイドラインを示さず、「グレーゾーン」のまま運用してきた。
今回の懲戒処分で日弁連は、司法書士からの引き継ぎに際して、依頼者の紹介と業務成果物の引き渡しはワンセットである以上、業務成果物についての対価には“必然的に紹介料が含まれる”として、司法書士へのお金の支払いが発生したら、すべからく「非弁提携」にあたるという解釈を行った。ベリーベスト側は、この解釈が懲戒処分にあたって「新たに」示されたものであり、憲法に定める「適正手続の保障」に違反すると主張。これに対して、日弁連は、懲戒処分は憲法の条文に規定する「その他の刑罰」にあたらないし、新たな解釈をしたわけではない――と主張していた。
この争点に関する高裁の判断は次の通りだ。
〈原議決及び本件議決(筆者注・懲戒処分のこと)は、新宿事務所(注・司法書士事務所)による依頼者の紹介と原告法人による1件当たり19万8000円の支払いとの間に対価関係があると認定して、本件支払行為が法27条違反、規程13条1項違反に該当すると判断したものである。その認定判断は、各規定の解釈適用として不合理なところはなく、拡張解釈の禁止ない遡及処罰の禁止に抵触するとはいえない。したがって、憲法31条違反をいう原告らの主張は採用することができない〉
つまり新しい解釈自体をしていない、という判断になっている。これについて、丸山弁護士は批判する。
「われわれは裁判の中で、案件紹介料に関する処分基準が、司法書士法改正から20年経過したにも関わらず日弁連によって示されていないことを主張しました。処分基準が明瞭でないことは、司法制度改革審議会意見書にも記されています。また、日弁連が出した『条解弁護士法』や『解説弁護士職務基本規程』などにも、処分対象は、紹介または周旋自体への対価でなければならならず、役務の対価の場合は、処分対象にならないとされている。
今回の裁判で主張された日弁連の主張は、案件の引き継ぎに際して金銭が支払われた場合、いかなる名目でも紹介料の意味が包含されるというものであり、従前の解釈とはまったく違うものです。つまり、新しいルールなのです。
ところが、判決書には、日弁連がガイドラインを長らく策定せずに不明確なまま放置してきたことなどの主張を原告がしたこと自体が全く記載されておらず、この点に関する裁判所の判断も書いていないんです」
司法書士の仕事は「簡単」かつ「困難」の矛盾
高裁の判決文には、一般の人から見ても中立性に欠いているのではないかと思える点がいくつかある。
高裁は、司法書士事務所に支払われた金銭について、大部分が案件の紹介料だったと認定している。その理由として、司法書士による過払金の引き直し計算や訴状の作成は〈定型的な事務作業を行うことで作成可能なもの〉であり、〈対価を支払う価値のある成果物又は役務ではないとはいえないものの、それに見合う対価がさほど高額になるとは考え難い〉とし、19万8000円の大部分は案件紹介に対するものだった判断した。
ところが、同じ判決文の中で、真逆の考えも示されている。高裁は、司法書士事務所が140万円以上の案件をベリーベストに紹介することは依頼人の利益にならない、という判断をする理由として、次のように述べている。
〈過払金返還請求事件のうちでも、訴訟物ないし紛争の目的の価額が高額の事件については、取引期間が相当程度長くなり、取引当初の時期の取引履歴が保管されていなかったり、取引を中断している期間があったりして、困難な法律問題を含む事件が多くなることが一般的に想定される〉
つまり一方では、司法書士事務所の仕事を「定型的な事務作業で済む簡単な仕事」と言い放っておきながら、ベリーベストに不利な裁定をする場面では、「作業量が多く困難な法律問題を含む仕事である」と述べるというダブルスタンダードになっているのだ。
裁判所が、日弁連や弁護士会の「顔を立てる」ために、無理やりに理屈をつくったため、そうした矛盾をはらむ判決文になったのではないかと思われても仕方ない。