秋が深まり、気温が下がってくると、のどの渇きを感じにくくなって、ついつい水を飲み忘れてしまう人も多いはず。程度がはなはだしくなると、本人も気づかない軽度の脱水症状、“かくれ脱水”になる恐れも。似たようなことは犬にも起こりえる。犬の飲水量の維持は、飼い主さんが注意するしかない。獣医師の鳥海早紀さんに対策を教えてもらった。
頻尿に気づいたら病院へ
人間と同様に、犬も体重に対して60%程度が水分である。水分補給は大切で、水を飲まないことで生じる健康被害は多岐にわたる。夏場の熱中症が最たるものだが、そのほかにも、血流量が減ることで脳梗塞や心筋梗塞の発症リスクが高まったり、老廃物が蓄積されるために腎臓に負担がかかったり、泌尿器疾患につながったりする。食べ物の消化・吸収に使う水分の不足で便秘になることもある。
鳥海さんは「冬場は確かに、膀胱炎や尿路結石症で来院するワンちゃんが増える印象があります。もっとも、冬季に限らず、年末年始やお盆休み、ゴールデンウィークなど、飼い主さんの長期休暇がある時期に増えている気もします。愛犬と長く一緒にいられるので、様子の変化にも気づきやすいのでしょうね」と現場の実感を語る。
犬の膀胱炎や尿路結石症の主な症状は、頻尿や血尿、排尿のポーズを取るのに尿が出ないといったもの。そうした変化に飼い主が気づきやすいのは休暇中ということになるのかもしれない。
「頻尿は一緒にいないと、なかなか気づけないでしょうね。子犬の場合は1日に何回も排尿するのが一般的ですが、成犬の場合は1日に5回までの子がほとんどです。シニアになってくると多少増える傾向にありますが、成犬で1日に7回も8回も排尿するようなら、病気の可能性があるので、動物病院の受診をお勧めします」(鳥海さん・以下同)
尿の臭いが強くなったり、尿の色が赤みがかったりオレンジっぽくなったり、排尿のときに痛がるそぶりが見られたりした場合も、泌尿器疾患のサイン。結石で尿道が狭まったり詰まったりして尿が出なくなってしまうと、命にかかわることもあるので、早めに気づいて病院へ連れて行ってあげたいところだ。
適切な水分補給で膀胱炎や尿石症を予防
犬の膀胱炎は、細菌感染で発症することが多い。尿道口から膀胱内に侵入したブドウ球菌や大腸菌などの細菌が増殖して膀胱に炎症が起きる。ちなみに、メスのほうが尿道から膀胱までの距離がオスより短いため、発生リスクが高いとされる。
「適切に水を飲んでいれば、排尿の機会もそれなりにあるので、細菌が洗い流されるのですが、水を飲む量が少ないと排尿の機会が減って、膀胱に細菌が侵入する可能性が高まってしまいます」
尿路結石症(尿石症)は、腎臓から尿管、膀胱、尿道のどこかに結石が生じる病気。尿に含まれるリン、カルシウム、マグネシウムなどのミネラル成分が結晶化して石ができてしまう。
「尿石症の場合も、適切な水分補給が予防策の一つになります。水をたくさん飲めば、尿の量が増えて尿内のミネラル成分が希釈されるからです。また、排尿の回数が増えれば、膀胱内に尿がとどまる時間が短くなるので、膀胱内で石ができる可能性が下がります」
水を美味しくする、温める、動かす
犬の飲水量は体重1kg当たり40~60ml、尿量は体重1kg当たり20~45mlが目安になるという。前述の通り、しっかり水を飲むことによって、尿に含まれる結晶成分や細菌などを希釈するとともに、膀胱内に尿が長時間とどまらないようにすることが理想だ。
では、気温が下がったり、加齢で運動量が減ったりして、犬がのどの渇きを感じにくいときに、それでも適量の水分を取ってもらうにはどうすればいいのか。
「まず、フードに水を含ませるという方法があります。ドライタイプのフードをウェットタイプに切り替えたり、フードに水を加えてふやかしたりすると、食事をしながら水分も取れます。水の代わりにぬるめのお湯を使うと、フードの匂いが立つので、食欲を刺激できそうです。ただ、フードが歯にくっつきやすくなったりするので、歯のケアはいつも以上に意識したいですね」
逆に、水のほうにフードを少し加える方法も有効だという。
「鶏肉などを煮出したスープを数滴加えてもいいですし、チューブタイプのおやつを少量、水に溶かしたりしてもいいですね。溶かさないで、かたまりのまま浮かせておいても、食べようとしていくらか水も飲むはずです。ただし、こういう混ぜ物をした水はなおのこと、飲み水は長時間放置しないようにしてください。こまめに替えて、常に新鮮な水を飲める状態にしておきましょう」
水が飲める場所を増やす、水を温めるといった工夫も効果あり
ほかに、水が飲める場所を増やす、水を温めるといった工夫も犬によっては効果があるという。
「人間でも寒いときに暖かい部屋から出て用事をするのは億劫ですよね。犬も同じなので、家族が集まる場所のそばだとか、その子がよくいる場所を狙って飲み水を置いておくと何かのついでに飲むことがあると思います。あとは犬によって冷たい水が好きな子がいたり、冬場は常温やぬるま湯ぐらいが好きな子もいたりすると思うので、反応を観察して飲みやすい温度を見つけてあげるといいでしょう」
さらに、蛇口から流れ落ちるなど“動く水”が好きな犬や猫は多いので、そうした習性に合わせた市販の電動給水器などを利用してみてもいいだろう。センサーに近づくと流れ落ちるタイプ、湧き上がるタイプなどがあり、数千円で買えるものも多い。
◆教えてくれたのは:獣医師・鳥海早紀さん
獣医師。山口大学卒業(獣医解剖学研究室)。一般診療で経験を積み、院長も経験。現在は獣医麻酔科担当としてアニコムグループの動物病院で手術麻酔を担当している。
取材・文/赤坂麻実