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『シルエット・ロマンス』『スローモーション』『セカンド・ラブ』…女性歌手の表現力を覚醒させる来生きょうだいの楽曲 来生たかおの歌声は「優しく温かなグレーの彩り」

往年の名ドラマ『積木くずし』の主題歌『無口な夜』。荒々しいドラマの空気を一気に静寂に変えてくれた
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『積木くずし』主題歌『無口な夜』の思い出

来生たかおさんは、歌唱もすばらしい。彼の声は、楽器の音で言えば、ピアノの低音、もしくはオーボエ。美しく温かいが、静かな悲しみとも仲良しだ。この破壊力抜群の孤高かつ繊細な響きは、聴くタイミングを間違えると、地獄の一丁目まで連れていかれる。これはもう、低音が美しい歌手のバラードあるあるなのだが、「癒される」と「落ち込む」が同時に来るのである。

忘れもしない、1983年にメガヒットした、高部知子さん主演の『積木くずし』(TBS系)というドラマがあり、そのエンディングで流れていたのが、来生たかおさんが歌う『無口な夜』であった。

非行に走った娘を更生させようとする、実話をもとにした物語のため、毎回「うっせえよババア!」などといった怒声やケンカなど、壮絶なシーンがあった。その終わりに、心をなでるように来生さんの、「君がもし……疲れたまま眠っても……♪」という低くやさしい声が流れてくるのだ。

荒々しいドラマの空気を一気に静寂に変える威力があり、グッと胸に来た。いや、来すぎた。来生(きすぎ)だけに……。キメが細かい感動が、誰も入れたくない心のゾーンにまで沁みてくる感じで、この曲を聴くのがつらかった。つらいのに耳が求めるのでCDを買った(泣)。

喩えるなら、教会に行った時の気分。自分の抑えていた感情や隠していたものが、来生たかおさんの声を聴くことで、ぶわーっと溶け出てしまう。それに対しての清々しさと、ほんの少しの怖さみたいなものまで感じるイメージである。

『白いラビリンス(迷い)』もデンジャラス。1984年に発売され、作詞:来生えつこさん、作曲:来生たかおさんの神コンビに加え編曲がポール・モーリアというものすごい布陣で、聴いているだけで雪雲を召喚できそうな名曲だ。

中森明菜さんも歌唱しており(1984年発売のアルバム『POSSIBILITY』に収録。編曲は萩田光雄さん)、明菜さんバージョンも、来生たかおさんバージョンも、苦しいほど切ない。もはや歌声が白い……。

『白いラビリンス(迷い)』は明菜バージョンも来生バージョンも「苦しいほど切ない」(Ph/SHOGAKUKAN)
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彼の声そのものがシルエットロマンス

来生さんは『白いラビリンス(迷い)』だけでなく、提供した数多くの曲をセルフカバーしてらっしゃるが、ほとんどが、セルフカバーというより違う曲に聴こえる。だから、南野陽子さんの『楽園のDoor』を聴いたあと、来生さんバージョンを聴いたり、薬師丸ひろ子さんの『セーラー服と機関銃』を聴いたあと、来生さんの『夢の途中』を聴いたりしたくなる。

『セーラー服と機関銃』を聴いたあと、『夢の途中』を聴きたくなる
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彼女たちの瑞々しい表現力を光とするなら、来生さんバージョンは、ほんのりと影が重なった美しい物語。彼の声そのものがシルエットロマンスなのだ。

それは、印刷やパソコンで絶対に出力できない、優しく温かなグレーの彩り。

突然やって来た冬だが、来生たかおさんの曲があれば、秋が連れてくるはずだったロマンスが補充できる。

一日の終わり、お気に入りの布団にくるまりながら聞こう。

涙が出れば、そのままにしておこう。

◆ライター・田中稲

田中稲
ライター・田中稲さん
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1969年生まれ。昭和歌謡・ドラマ、アイドル、世代研究を中心に執筆している。著書に『昭和歌謡 出る単 1008語』(誠文堂新光社)、『そろそろ日本の全世代についてまとめておこうか。』(青月社)がある。大阪の編集プロダクション・オフィステイクオーに所属し、『刑事ドラマ・ミステリーがよくわかる警察入門』(実業之日本社)など多数に執筆参加。近著『なぜ、沢田研二は許されるのか』(実業之日本社刊)が好評発売中。他、ネットメディアへの寄稿多数。現在、CREA WEBで「勝手に再ブーム」を連載中。https://twitter.com/ine_tanaka

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