
今、日本と韓国の若者を中心に、松田聖子の往年のヒット曲『青い珊瑚礁』が人気だという。火をつけたのは、今年6月に日本デビューを果たした韓国の女性アイドルグループ・NewJeansのハニによるカバーだ。ライターの田中稲氏が、同曲をはじめ1980年代にアイドル界を席巻した松田聖子の「かわいさ」の秘密について、改めて振り返る。
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かわいくなりたい。50代半ばだが、年など関係ない。「かわいい」と言われたい。1ミクロンでもいい、かわいい成分を増やしたい——。
突然どうしたと思われるだろうが、すべて『青い珊瑚礁』のせいである。最近、松田聖子さんの『青い珊瑚礁』が韓国で大ヒットしているというニュースを知り、松田聖子さんを思い出し、「かわいい」を欲する心が吹き荒れている所存……。
あの歌がヒットしたのは40年前、私が小学6年生の時であるが、当時も、チビッ子なりに、「恋の甘酸っぱさを極限までハッピーに表現してみました(ハート)」的な彼女の姿に度肝を抜かれたものである。
再ブームのきっかけとなったK-POPの大人気グループ・NewJeansのメンバー、ハニさんの歌唱も観たが、こちらもなんとかわいいのか。フレアスカートをたなびかせ、後ろに手を組み、ちょっとモジモジする感じで登場するあの姿、正解、ド正解。見事に珊瑚ってる! 「珊瑚ってる」とは、歌う人が自分の持ちうる「かわいい」を全身から爆発させている姿を形容する私の造語だ。フレアスカートという服のチョイスも、ハニさん、わかっていらっしゃる。横揺れと同時に、裾をひらひら泳がせてこそ珊瑚礁!

イントロ、歌い出し、サビ前…隙のない「かわいさ」
さて、最初から熱くなってしまったが、改めて曲を紹介しよう。『青い珊瑚礁』は松田聖子さんのセカンドシングル。リリースは1980年7月1日。これはデビュー曲『裸足の季節』からわずか3カ月後! 昭和のアイドルのリリースサイクルってホントに早い……。
冒頭ですでに数多のかわいさを述べたが、やはり最大の魅力は曲の始まり方。爽快感がハンパではない! こっちが聴く体勢を整えてないうちに、聖子ちゃんがダッシュしてきて、カワイイの暴力でドカッと殴ってくるイメージである。
イントロの軽快さ&聖子ちゃんの笑顔に、心臓の鼓動が早まる。呼吸も乱れる。そこに、美声の高音が心をアッパーカット!
「あ〜、私ッのーぅ恋は〜♪」
ここまでわずか13秒。すでにクラックラである。しかし「これからですよ!」とばかりに恋する喜びにあふれる歌詞が、脇腹にジャブを入れてくる。あなたと会うたびに全てを忘れてしまうとか、(島に)二人っきりで流されてもいいとか……! 私は思わず目をつぶる。瞼の裏に、浜辺で「えーいっ」「やったなーこいつ、お返しだ!」「キャッ♪」とパシャパシャ波をかけ合う、腹が立つほどのラブラブカップルが映し出される。ああ、妄想で死にそう。
しかし聖子ちゃんは容赦ない。サビ前、いきなり「あなたが好き!」──まさかの超ドストレート告白を叫んでくるのだ。誰とてノックアウトは避けられない。『青い珊瑚礁』、なんという隙のない布陣!

『白いパラソル』『天国のキッス』…歌い出しで即、心を奪われる
思い出してみれば、松田聖子さんの歌は、歌い出しで即、聴き手の心を奪うものが多い。『白いパラソル』も、「お願いよ」の威力がすごいし、『瞳はダイアモンド』の「愛してたって……」から切なさが120%炸裂だし、『瑠璃色の地球』も静かに入る「夜明け」の尊さがすごい。
私が立ちくらみを覚えたのが『天国のキッス』。『青い珊瑚礁』に通ずるような疾走感と、歌い出しの快感はまさにヘブン! この歌は『プルメリアの伝説 天国のキッス』という映画の主題歌で、CMで流れていたのを聴き、私はまんまと劇場まで観に行った。聖子ちゃんと中井貴一さんとのアイドル映画らしからぬキスシーンはびっくりしたなあ……。
映画の内容はともかく、南の島を舞台にした彼女の歌はもれなく、トキメキの押し寄せ方がビッグウェーブレベルである。
そしてこの曲といえば、やはり髪型の話は避けて通れまい。サイドを巻き巻きした聖子ちゃんカットももちろんいいが、『天国のキッス』時代のストパー聖子ちゃんはかわいさの極み!
ああ、思い出す。私が生まれて初めて芸能人を真似たヘアスタイルもこれだった。もしタイムマシンがあったなら、あの頃「天国のキッスの聖子ちゃんみたいなアタマにしてください」と美容院に申し出た己の勇気を褒めてあげたい。けど全力で止めたい。まったく似合わず、泣き、学校を休むことになるぞ、と……。
松田聖子のかわいさは愛しいが、切なさも生む。

百恵から聖子へ。1980年9月のバトンタッチ
さて『青い珊瑚礁』は、松田聖子さんが初めて『ザ・ベストテン』(TBS)にランクインした歌である(デビュー曲『裸足の季節』は惜しくも11位止まり)。1980年8月14日に初登場し、9月18日には見事1位に輝いた。そのときのランキングは以下の通り。
【1】青い珊瑚礁/松田聖子
【2】哀愁でいと/田原俊彦
【3】順子/長渕剛
【4】How manyいい顔/郷ひろみ
【5】ダンシング・オールナイト/もんた&ブラザーズ
【6】パープルタウン/八神純子
【7】別れても好きな人/ロス・インディオス&シルヴィア
【8】ふたりの夜明け/五木ひろし
【9】私はピアノ/高田みづえ
【10】さよならの向う側/山口百恵
いやもう、ポップスからデュエットから演歌まで、バラエティ豊かだ。この中で1位に輝いた聖子ちゃんは、「おかあさ〜ん(泣)」と伝説の泣き顔を見せ、一世を風靡する。
このランキングでもう1曲注目したいのが、10位の『さよならの向う側』。山口百恵さんのラストシングルで、10月15日、百恵さんは芸能界を引退した。
芸能界デビューは百恵さんが6年先だが、年齢は意外に近く、3歳しか違わないこの2人。70年代を代表する百恵さんと、80年代の申し子となっていく聖子ちゃんが交差していくのが、とても興味深い。運命を感じる時代の分岐点!
女性アイドルの歌の内容そのものも変わっていく。それまでは、男と女のパワーバランスの偏り(女が耐える側)が恋愛ソングの最たるテーマだったけれど、聖子ちゃんの歌は、男と女、同じ目線。いや、それどころか「女の子の作戦勝ち」もアリなのだと世に知らしめた。その躊躇ない自己アピールは「ぶりっ子」と叩かれもしたけれど、今そのパフォーマンスを観れば「自分で自分をカワイイと信じなくてどうする」くらいの気合が見え、清々しい。
『青い珊瑚礁』の作詞をした故・三浦徳子さんは、生前、「彼女の基本カラーは、自分の中で『淡いピンク』にしたんです。(中略)『青い珊瑚礁』の『渚(なぎさ)は恋のモスグリーン』は、ピンクに合う色だからモスグリーンが出ているんです」と語っていたという(『WEB女性自身』2023年11月16日付)。なるほど、恋を歌う彼女のオーラはまさにピンク!
何度も繰り返し押し寄せてくる「好き」の波。この歌にかけられた幸せの魔法は、時代を超えて、恋愛をする若者が減った、などと言われる今、再び世界を淡いピンクに染めている。そして、聴いているこちらまで、大切な人に伝えたくなるのだ。
「あなたが好き!」と。
◆ライター・田中稲

1969年生まれ。昭和歌謡・ドラマ、アイドル、世代研究を中心に執筆している。著書に『昭和歌謡 出る単 1008語』(誠文堂新光社)、『そろそろ日本の全世代についてまとめておこうか。』(青月社)がある。大阪の編集プロダクション・オフィステイクオーに所属し、『刑事ドラマ・ミステリーがよくわかる警察入門』(実業之日本社)など多数に執筆参加。近著『なぜ、沢田研二は許されるのか』(実業之日本社刊)が好評発売中。他、ネットメディアへの寄稿多数。現在、CREA WEBで「勝手に再ブーム」を連載中。https://twitter.com/ine_tanaka
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