
9月以降も各地で猛暑日を記録するなど、観測史上最も暑かった昨年に匹敵する酷暑が続いた2024年。真夏を思わせる太陽の照り付けはまだ厳しいが、季節は少しずつ秋へと移り変わっていく。そんななか、ライターの田中稲氏は、東西のミュージシャンが「9月(セプテンバー)」を歌った楽曲に注目。他の季節にはない、9月だけの魅力について考察する。
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ようやく記録的な猛暑が、終わろうとしている……。まだまだ暑くはあるけれど、どうにかこうにか9月だ。それだけでホッとする。
“September(セプテンバー)”——。12か月の英語のなかでも、1、2を争うエモい響きに感じるのは、この言葉が入った名曲が多いからだろう。
アース・ウインド・アンド・ファイアー(Earth, Wind & Fire)『September』(1978年)、竹内まりやさんの『September』(1979年)、一風堂の『すみれSeptember LOVE』(1982年、1997年発売のSHAZNAバージョンも有名)。
ここまで、歌にラブ&メランコリーの魔法をかける9月の魅力を知りたい! さっそく追っていこう。

9月21日はアース・ウインド&ファイアー「セプテンバーの日」
“September”という単語を聞いただけで「バーディヤー♪」と口ずさんでしまう人も多いのではないか。アース・ウインド・アンド・ファイアーの『September』は、今も世界中で多くの人に愛されている楽曲だ。
私がこの歌が好きになったきっかけはドラマ&映画である。2002年、東山紀之さんと浅野温子さんが夫婦役をした『続・平成夫婦茶碗』というドラマのエンディング曲だったのだ。エンドロールが流れるなか、メインキャストは一切出ず、商店街の人(に扮したダンサーさん)が、フラッシュモブ風にぶわーっと踊る演出が、当時はとても新鮮だった。そして映画『ナイトミュージアム』(2007年日本公開)のエンディングもやっぱりこの曲で、博物館の仲間たちが、この曲に合わせて、ダンス! ダンス!
おかげで、この曲がかかり、踊って終わればハッピーくらいのイメージがついていたが、英語はとんと弱いので、歌詞の意味はさっぱりわかっていなかった。そこで和訳を読んでみると、主人公が、両想いになった9月21日について、「あの時の感動を覚えてるだろ?」と愛しい人に語り掛ける、という内容。日付まで登場するあたり、主人公にとって、この日がいかに大切か伝わってくるではないか。
そしてなんと9月21日、ソニー・ミュージックレーベルズが申請し、日本記念日協会によって、〈アース・ウインド&ファイアー「セプテンバーの日」〉に認定されていた。ぬうう、ナイス受け入れ、日本記念日協会!
ただ、主人公が9月21日に思いを馳せているのは12月。勝手に私は、3カ月経って関係が微妙になり、「初心に戻ろう、あの時の愛を思い出そうよ」と必死でパートナーを説得している歌だと思い、胸を痛めて聴いてしまった。クッ、我ながら発想が失恋、未練寄りである。
しかし、彼らは3カ月間いろいろあったが愛を深め、12月、クリスマスを祝いながらイチャコラしている曲とも解釈できる。「君と両想いになったあの日は最高だった。これからも9月21日を忘れず、愛を育もう」とウットリ思い出しながら……。そう想像すると途端に、「バーディヤー!」のテンションが超浮かれたように変わって聴こえ、「なんじゃい、心配して損した! ハイハイ、末永くお幸せに」と言いたくなるのである。

「9月の恋を思い出す歌」は竹内まりやも
お次は竹内まりやさんの『SEPTEMBER』。こちらもまた、9月の恋を思い出している歌である。いやもう、9月の恋の思い出率の高さよ……。セプテンバーのバーは、リメンバーのバーと言っていいだろう。
この曲はメロディーがハッピーなので、「9月、なにか始まりそうな気がするなあ」とついついウキウキで聴いてしまうが、歌詞を追うと、主人公は、コテンパンにフラれている。彼の変化に気づき始めたのが9月、というわけだ。つらい。
「飽きた」という言葉も、「秋」の残酷なダジャレに感じるほど。8月のデートで着ていたトリコロールのシャツを、彼女はもう着ない。枯葉とともに、涙がぽろぽろ落ちる。
9月は、日本の歌謡曲、ポップスにおいては、熱く浮かれきった恋心に冷や水をぶっかけられるような、ハードな展開が待ち受けていることが多い。クレイジーケンバンドの『せぷてんばぁ』(2001年)は、主人公は恋に傷つき、会社を休むくらい落ち込んでいる。タイトルの平仮名が出す、間伸び感がよりやるせない。

つくづく、日本の歌において「春夏秋冬」は単なる四季ではなく、恋愛のプロセスそのものだと思う。恋心のテンションは季節の風景変化、気温の上下とリンクする。
春のぼやぼやっとした情緒不安定さは恋のはじまり、恋心の芽生えを思わせ、夏のアチチな気温と薄着は、あけすけな情熱爆発、誘惑、ラブラブを感じさせる。
そして少し涼しい秋風は心のすきま風、落ちる枯葉は涙や恋心の枯れを思わせる。この時期、どう対処するかで冬が決まる、まさにターニングポイント! 上手く乗り越えればハッピーホワイトクリスマスだが、引きずると、コートの襟を両頬のあたりまで立て、孤独を紛らわせる旅に出ることになるのだ。
ああ、秋風よ、お手柔らかに……!

春に咲く「すみれ」がなぜ秋の歌に?
いやいや待て待て。心浮き立つ9月もあるぞ。『すみれSeptember LOVE』。1982年の一風堂バージョン、1997年のSHAZNAカバーバージョン、どちらもセンセーショナルだったので、覚えている人も多いだろう。聴いているだけで美人になった気分になれる、上質の美容液みたいな曲だ。
一風堂は、土屋昌巳さんのボーカルが浮遊感の極みで、こんなに恋の情緒不安定感を現した声はあろうかと、聴くたびザワザワする。「♪あれ〜ぅは〜9月だぅあった〜」と、小さい「ぅ」が幻聴で聴こえ、その「ぅ」に他の言葉がバウンドし、ふわふわふわ〜んと音符に乗るイメージなのだ。
ストーリーは、超絶美女にもて遊ばれている9月の恋。いや、恋として成立しているのか分からない。誘惑される危うさと楽しさ、妖しさがガンガン出ている。
しかし、ここで気になるのが「すみれ」だ。すみれは言わずもがな春の花。なぜ秋の歌に登場するのか——。理由はカネボウ化粧品の秋の新色のすみれ色(青みがかった紫)だったから、らしい。
『すみれSeptember LOVE』は、1982年、カネボウ化粧品「秋のバザールレディ80・パウダーアイシャドウ」のCMソング。「新色のすみれ色」「ブルック(CMのイメージキャラクターを務めた、ブルック・シールズ)の秋のすみれ色コレクション」のコピーに合わせて作られた楽曲だったというわけである。
この楽曲がリリースされた80年代は広告の時代ともいわれ、化粧品CMから多くのヒットが飛び出した。とはいえ、商品のイメージやキャッチコピー先行で、歌詞を考えるのは至難の業だったろう。『すみれSeptember LOVE』、作詞の竜真知子さん、作曲の土屋昌巳さんは、よくぞこんな美しい世界観をひねり出したなあと感動する。ユラユラゆれる、君と僕だけの幻の世界!
いろんなセプテンバーを見てきたが、最後は、2006年、RADWIMPSによる9月の具現化『セプテンバーさん』に挨拶をして終わりたいと思う(メジャー1枚目、通算3枚目のアルバム『RADWIMPS 3〜無人島に持っていき忘れた一枚〜』に収録)。
去り行く夏のキラキラに後ろ髪を引かれる。冬の訪れに少し不安も漂う。余韻と予感にはさまれているけれど、だからこそ、他のどんな季節でもない、特別なやさしさがある。
そんな9月の素晴らしさを、親しみをもって感じられる1曲だ。
あと残り半分だけど、一緒に楽しめるといいね、セプテンバーさん
◆ライター・田中稲

1969年生まれ。昭和歌謡・ドラマ、アイドル、世代研究を中心に執筆している。著書に『昭和歌謡 出る単 1008語』(誠文堂新光社)、『そろそろ日本の全世代についてまとめておこうか。』(青月社)がある。大阪の編集プロダクション・オフィステイクオーに所属し、『刑事ドラマ・ミステリーがよくわかる警察入門』(実業之日本社)など多数に執筆参加。新刊『なぜ、沢田研二は許されるのか』(実業之日本社刊)が好評発売中。他、ネットメディアへの寄稿多数。現在、CREA WEBで「勝手に再ブーム」を連載中。https://twitter.com/ine_tanaka
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