
誰にでも平等に訪れる「死」。それがいつなのか選ぶことはできないが、最期の瞬間をどのように迎えるか望み、そのために準備することはできる。両親の介護と死を経験した作家・久田恵さん(77才)が誰にも頼らない「自らの最期」について語った。
母を看取り、父を見送り「最期を迎える場所」を決めた
20才で親元を離れ、結婚、出産、離婚を経てシングルマザーに。そして36才のときに母が倒れ、子連れで実家に戻って介護を担うことになった。

「父と私で介護をして、母を看取ったら今度は父の介護が必要になった。兄と姉は遠くに住んでいたので、私がフリーの物書きをしながら父を看取りました」(久田さん・以下同)
両親を介護しながら、いつか訪れる自分の最期について考えをめぐらせた。その渦中で準備を進めたのが「終の棲家」だ。
「湘南にあった自宅を引き払って都内の老人ホームに母を入居させ、私と父はそこから徒歩3分の住宅街に引っ越しました。のちにそのホームに父も入り、私は10年近くほぼ毎日のようにホームに通って職員や入居者たちと仲よくなり、いまはひとり暮らしで夕食は毎日ホームで食べています。
現在は夕食のみの契約ですが、この先、衰えて自立した生活ができなくなったらこのホームに入居するつもりです。ホームは先代が90代で亡くなって、いまはお孫さんが室長ですが、私の申し出を快諾してくれました」
昔は家族が介護を担ったが、いまは時代が変わったことを自覚している。
「ホームでよその家族の様子を見ていると、結婚した女性は自分の親の介護はしても夫の親の介護をしないことが多い。相手の親の介護も含めて結婚だった時代とは価値観が大きく変わったと実感しています。いまは自分の介護や死のことは自分自身で考える時代で、子供の助けを期待すべきではありません。私も、息子を頼らず最期を迎えたい」
“自分しか頼れない”と覚悟を固めたのは、母の介護を経験した影響もある。
「母は脳血栓で倒れて失語症になりました。当時は治療法や回復法が定まっておらず、私は失語症を回復させる訓練を自力で考えて、付きっ切りで介護した。それがとても大変だったから人を頼れないし、自分の最期についてもオタオタしない覚悟ができました」
人はひとりでは生きられない
人を頼らないためには健康でいることも重要だ。
「ズボラだけど健康に気を使い近所の健康施設で週に一度、水中ウオーキングをしています。それでも想定外のことが起こるのが人生なので、自分の望んだ最期が本当に実現するのかはわかりません。
だからこそ、いま自分が抱えている課題に一生懸命取り組み、何が起こるかわからないことを承知の上で生きています」
子供に頼らず生きることを決意した久田さんだが、ひとりでは生きられないことも知っている。
「理想の最期は、息子の手を借りずにホームの仲間たちと楽しく暮らすことです。毎晩一緒にご飯を食べているのでみんなと仲がよく、いざホームで暮らすとなっても、親戚の家に移り住む感じで何の心配もありません。我ながら、準備万全だと思っています(笑い)」
◆作家・久田恵
ひさだ・めぐみ/1947年、北海道生まれ。上智大学中退後にライターとなり、『フィリッピーナを愛した男たち』で大宅壮一ノンフィクション賞受賞。『ニッポン貧困最前線』など著書多数。
※女性セブン2025年5月8・15日号