
人は無意識のうちに1日2万~2万5000回、息を吸って吐いているという。しかし日本人の10人に8人が“間違った呼吸”になっている。放っておけば頭痛、肩こり、歯周病、睡眠不足にも──。では、呼吸の重要性を熟知する達人は、日々どんな呼吸を行っているのか。狂言師・茂山千三郎さんに、呼吸による心と体の整え方を聞いた。
丹田を意識した深い腹式呼吸「丹田呼吸」が肝
深い腹式呼吸を基本とし、声を響き渡らせる狂言師は呼吸にどのような意識を持っているのか。狂言の型をもとにした健康法「和儀」を立ち上げたきっかけを、茂山さんはこう語る。
「祖父は86才、父は92才まで舞台に立っていましたし、野村萬先生(95才)、野村万作先生(93才)は、いまなお現役。なぜ狂言師は元気で長生きなのだろう?と、常日頃思っていました。
コロナ禍の、マスク生活で呼吸が浅く、息苦しいと感じる人が増えているという話を聞いたとき、室町時代からわれわれ狂言師が当たり前のように続けている呼吸や所作に、健康と長生きの秘訣があるかもしれないと思ったのです」(茂山さん)
「和儀」で学ぶのは「呼吸・構え・すり足」。軽やかに歩き、舞い、謡う狂言に必須の要素だが、なかでも丹田(へそから指3本下あたり)を意識した「丹田呼吸」という深い腹式呼吸が肝となる。
和議で行う「息を吐ききる」練習
茂山さんとともに和儀の指導を行う舞踊家の坂東秀華さんも、茂山さんをはじめ狂言師に会うたびに感じることがあったという。
「いつもゆったりとした“間”を持ち、お人柄も鷹揚。この心地よい“間”を生み出しているのが呼吸ではないかと思っています」(坂東さん)
「一般的な呼吸数(1分間で15〜20回)に比べ、私の呼吸は10回ほどとかなり少なかった。幼少期からこの呼吸なので気にしたこともなかったけれど、呼吸が浅いかたがたを見て、呼吸を“ゆっくり”に変えるだけで心身を整える効果がありそうだと感じました」(茂山さん・以下同)
和儀では、最初に自分の丹田の場所を見つけるため、「息を吐ききる」練習をする。

「口呼吸に慣れたかたは、なかなか吐ききれません。それでも、繰り返し練習して吐ききることができるようになると、丹田のあたりがきゅんと収縮する感覚になる。そこが自分の丹田。それが見つかると、正しい呼吸の領域がわかるようになります。ちなみに女性は、丹田からみぞおちあたりへ引き上がる感覚になるそうです」
息を大きく吸うためにも吐ききる力を養う必要があるが、それはスポーツの世界にも通じる。
「アーティスティックスイミングの指導者・井村雅代さんも、吐くことの大事さを裏付ける目的で和儀を体験されました。4分間水中で演技する選手たちの過呼吸を防ぎ、コンディションを整えるため、水から上がる選手に『苦しいときこそ吐く! 吐いたら吸える』と指導したそうです」
狂言は“脱力の芸術”
もう1つ重要なのが「脱力」。和儀入門者の多くは、一様に体が力んでいるという。
「皆さん、『背筋を伸ばしてまっすぐ立ちましょう』と言うと、肩や腰に力が入ります。力を入れるのは丹田だけ。上半身と下半身がそれぞれ上下に引っ張られるイメージが、力まずまっすぐに立っている状態です」
腹式の呼吸が体得できると背中まわりがやわらかくなり、力みも軽減。肌つやがよくなったという人もいたそうだ。
「狂言は“脱力の芸術”。丹田のみにぐっと力を入れ、それ以外はすべて脱力しています。脱力した状態でお腹から出す声からは、α波(リラックスや集中しているときに出る脳波)が出るそうですから、鑑賞者も脱力し、心地よい眠りに誘われるのかもしれません」。
丹田呼吸レッスン
【1】肩甲骨を寄せるように力まず立ち、足はこぶし1つ分あけてつま先を少し開く。まっすぐ下に身長1割分くらい腰を落とす(「構え」)。
【2】口から8割ほど息を吐く。
【3】4秒くらいかけて鼻から大きく息を吸う。お腹だけでなく、背中まで思い切りふくらませて肺のスペースを作る。
【4】低く「ウーッ」と声を出しながら、お腹を背中につけるイメージで凹ませ、8秒くらいかけてできるだけ吐ききる。【2】〜【4】の回数は自由。好きな時間に行ってOKだ。

◆狂言師・茂山千三郎さん
1964年生まれ。江戸時代初期から続く狂言師の名家、茂山千五郎一門の三男として生まれ、祖父・三世茂山千作(享年89)、父・四世茂山千作(享年93、ともに人間国宝)に師事。2021年に史上初の"フリー狂言師"として活動を始めた。著書『カラダが20歳若返る! 和儀 医師もみとめた狂言トレーニング』(秀和システム)がある。和儀の稽古など詳細はInstagram「wagi_kyogen」へ。
取材・文/佐藤有栄
※女性セブン2025年2月6日号