
体の不調を改善するはずの薬が、かえって体を蝕む可能性について社会問題になったいま、自分自身に思い当たる人は少なくない。しかし、いざやめよう、減らそうと思っても医師にその思いを伝えるのはそう簡単ではない。「一度相談したら怒られたことがあるから、また伝えるのが怖い」「関係が壊れるかもしれない」──そんなハードルに悩んでいる人のために、自分の意思を上手にはっきり伝える方法を医師と薬剤師に徹底取材した。【前後編の前編】
骨粗しょう症の疑いで10種類の薬を服用
都内在住の主婦・Aさん(55才)の母親(80才)は、高コレステロールと高血圧、骨粗しょう症の疑いを指摘されて以来、内科と整形外科への通院が始まった。
それからというもの、あれよあれよという間に薬が増え、いまでは10種類も服用している。
「心配になってどんな薬をのんでいるのか調べると、降圧剤や骨粗しょう症治療薬に加えて下剤があり、本当に必要なのか疑問に思いました。
ある日通院に同行して、“なんで下剤をのんでいるんですか?”と医師にストレートに尋ねたんです。すると年配の医師は不機嫌そうに、“高齢者は便秘が危険なの!”と言ってきました。それ以上話が進まないので引き下がりましたが、薬が多すぎるのはどうにも不安で……。とはいえ勝手にやめさせるわけにもいかず、どうすべきか悶々とする毎日です」(Aさん)
年齢を重ねるほど体の不調が至るところに現れ、薬の服用量は増えがちだが、「その薬、本当に必要なの?」と本人や家族が心配になるケースは多い。
それどころか、病による不調と思っていたら薬の副作用だったという事態もまれではない。
薬の必要性に疑問を感じ、「薬をやめたい、減らしたい」と望んだとき、どのように医師に伝えればいいのだろうか。
薬の種類を勉強して何のためにのんでいるのかはっきりさせる
まずは薬のリスクについて確認しておきたい。
Aさんの母親のように年々のむ薬が増えていく人は少なくなく、75才以上では約4割の人が5種類以上の薬の処方を受けており、7種類以上という人も23.5%いる。

そこで近年、指摘されるのが「多剤併用(ポリファーマシー)」の弊害だ。函館稜北病院総合診療科の舛森悠さんが指摘する。
「薬を5種類以上のんでいる人は多剤併用の状態で、体に悪影響が出ます。具体的には日常生活動作の機能が低下し、心身が衰弱する『フレイル』のリスクが増します。さらにふらつきや転倒、認知症になるリスクも高くなります」
それでも高齢者の薬はなかなか減らず、舛森さんの患者も平均5~10種類の薬を服用しているという。
その背景には「ポリドクター」という問題がある。
「患者が複数の病院を受診することで多剤併用に陥り、ほかの病院で処方された薬について医師が踏み込みにくくなる現象をポリドクターと言います。
例えば、ある高齢者が腰痛で整形外科、高血圧で内科、脳梗塞で脳外科、皮膚トラブルで皮膚科という4つの病院に通ってそれぞれ3種の薬が処方されたら、全部で12種類になります。個々の医師は“よかれ”と思って処方してもトータルで見ると多剤になってリスクが増します」(舛森さん・以下同)
また、薬によって起きた副作用をさらに薬で抑えようと多剤になるケースも多い。
「血圧を下げるために降圧剤を出したらその副作用でむくみが出て、その対策として利尿剤を出すと今度はミネラルのバランスが崩れるので、それを補う薬を出す。そうした処方の連鎖を『処方カスケード』と言い、代謝機能が低下して副作用が出やすい高齢者ほど、負の連鎖に陥りやすい」
高齢者ほど“減薬”は必要
多剤併用が指摘されるなかで求められるのが、日々の服用薬の量を減らす「減薬」だ。新潟大学名誉教授の岡田正彦さんが言う。
「多剤併用の危険性は世界中の論文で検証されています。そのため高齢者ほど“不要な薬をやめたい”と担当医に意思表示して、減薬する必要があります」
では、どのような薬がやめやすいのか。ナビタスクリニック川崎院長の谷本哲也さんが解説する。
「一概には言えませんが、高血圧や脂質異常症、糖尿病など生活習慣病に関連して長期間服用する薬は、検査値がよければ減らせる可能性はあります。
睡眠薬や胃薬なども長期投与になることが多いものの、症状の緩和や改善が見られればやめる選択肢は当然あるでしょう」

薬をやめる第一歩として求められるのは、「自分がのんでいる薬を把握すること」だ。島根大学医学部附属病院臨床研究センター教授の大野智さんが言う。
「自分が何の薬をのんでいるか知らない患者さんが意外と多い。薬の名前や種類、作用の仕方を勉強して、一つひとつの薬を何のためにのんでいるのかはっきりさせておくと、不要な薬が見えてきます。
医師に丸投げするのではなく、まずは自分が何の薬をのんでいるか実際に確認してほしい。それができるためにも、自分で覚えられる量の薬にすることが理想です」