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2023年の大晦日に89歳で亡くなった女優の中村メイコさん。その次女で女優の神津はづきさんが、メイコさんの没後1年を経て、娘の立場から母の実像を赤裸々に綴ったエッセイ集『ママはいつもつけまつげ』が発売すぐに重版が決まるなど話題になっている。オビに「いつだって、ちょっとダメな母だった」「本邦初の辛口&爆笑回想録」と謳う本を、昭和歌謡などに詳しいライターの田中稲さんはどう読んだのか。
神津家のみなさん、喜怒哀楽が忙しすぎますって!
電車で読書をするのが好きだ。スマホでなく、あえて紙の本を広げる自己満足感と興奮により、とってもはかどるのである。
しかし1月末、デンジャラスな一冊をチョイスしてしまった。『ママはいつもつけまつげ』。2023年に亡くなった喜劇女優・中村メイコさんについて、次女の神津はづきさんが思い出を綴ったエッセイである。
表紙からインパクト大だ。パープルのほっかむりをした中村メイコさんが、満面の笑みで両脇に娘2人を抱えているイラストがデーン!
中身はそれ以上に強烈だった。電車で読むにはまったく向かない本だった。
しょっぱなから、保育園児のママゴトに本気でダメ出しするメイコさんの鬼監督ぶりに吹き出しそうになる。なんとか笑いをこらえたのに「父と母のわけわかめな生活」という章タイトルが容赦なく追い打ちをかける。「わけわかめ」って!
ページをめくるたびに、登場人物全員があっちこっちに飛び回るので、びゅんびゅん風が吹いてくる。私は思わず本に向かってツッこむ。メイコさん、神津家のみなさん、喜怒哀楽忙しすぎるんですけど!
「なぜかよく覚えている」中村メイコさんの謎
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女優の中村メイコさんの夫は作曲家の神津善行さん。長女は作家の神津カンナさん、次女は女優の神津はづきさん、長男は画家の神津善之介さん。そしてはづきさんの夫は俳優の杉本哲太さんだ。まさに芸術一家である。
しかし芸術家は感性がぶっ飛んでいるケースが多く、特にメイコさんはその最たる例。はづきさんが4歳のとき「ママは変!」と父親の善行さんに訴えるほどだったそうだ。読み進めると確かにメイコさん、大暴れにもほどがある。
オシャレ大好き、ブランデー大好き、おふざけ大好き。永遠の少女のように家族を振り回す様が、振り回されたはづきさんによって、ユーモアとスパイスてんこ盛りで描かれる。人生、楽しんでらっしゃったんだなあ。メイコさんの、あのアヒルのようにカワイイ笑顔と早口がリアルに思い出され、声まで聞こえてきそうだ。
しかしふと思う。あれ? 私はどのドラマ、どの番組で中村メイコさんを観たのだろう。顔も声も克明に思い出せるが、出演作ではっきり覚えているのは、2008年の大河ドラマ「篤姫」くらい。他ははっきり思い出せない。
そもそも彼女のデビューは1935年! 戦前(汗)。ちなみに1935年といえば淡谷のり子さんが「別れのブルース」がヒットした年だ。この年にわずか2歳8カ月で映画デビューしたメイコさんは、天才子役として日本のエンタメ界を盛り上げ、戦後もテレビ黎明期を支えてきた。そして86年もの間様々な媒体で活躍し続け、世の中を楽しく彩っていたのだ。そう思うと、いつの間にか私の記憶にちゃっかり陣取りしていらっしゃるのも納得である。
さらに調べてみると衝撃の事実が。私がチビッ子の頃(1970年代)、よく流れていた洋菓子・パルナスのCM。「ぐっと噛みしめてごらん~♪」という歌は菓子のCMとは思えないほど哀愁が溢れ出ており、関西ローカルながら有名だった。あの歌声、中村メイコさんだったのか!
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美空ひばりさん、藤圭子さん、森繁久彌さん……明るく粋な昭和の芸能裏話
『ママはいつもつけまつげ』を読むと、メイコさんや神津家の日常を通し、貴重な「昭和の裏芸能史」が見えてきて楽しい。特にメイコさんと、親友・美空ひばりさんのエピソードは尊い。ひばりさんがより好きになる。ストイックでやさしくてステキ!
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昭和40年代の大晦日、神津家はひばりさんの自宅で、紅白に出るひばりさんと直前まで一緒に過ごしたという話は超貴重である。ちょうど2月11日、1969年の紅白歌合戦のリマスター版が地上波で再放送されていたので、本に書かれたシーンを妄想しながら観た。ひばりさんは大トリで「別れてもありがとう」を歌っていたが、洋装が新鮮だった。あの直前、はづきさんはひばりさんがメイクするのを見ていたのかな。クーッ、想像するだけで胸が熱い!
他にも、いろんなスターたちとの交流がカラッと明るく描かれる。はづきさんがニューヨークに留学した際、語学学校で偶然出会ったのが藤圭子さんだ。1979年10月「普通の女の子になりたい」と引退宣言をした藤さん。それから本当に、ニューヨークで伸び伸び「普通の」留学生活を楽しんでらっしゃったことが窺える。
メイコさんをかわいがり、お庭キャンプまで開いた森繁久彌さん、メイコさんの「ブランデー内緒飲み」を見抜く伊東四朗さんのエピソードは微笑ましい。親子そろって夢中になるくらい、郷ひろみさんが昔からキラキラだったという話も、読んでいて嬉しくなる。
メイコさんは、2023年の大みそか、紅白歌合戦を観ながら亡くなった。郷ひろみさんの「2億4千万の瞳~ブレイキンSP~」は観ることができただろうか。観ていたらいいな。本当にカッコ良かったですよね、億千万!
メイコさんと面倒な親の思い出がシンクロ
しかし油断はできない。面白エピソードのスキマにひょっこり、胸がキュッとなるような出来事が挟まっているからだ。バタバタと同時に生まれるモヤモヤ。ユーモアでふわりとくるんであるけれど、実際は笑えないほど大変なこともあったはず。
キュートだけど面倒くさいメイコさんは、自分の親とシンクロする。うちの父も愛情深かったが、することが極端で本当に面倒だった。ゴキゲンナナメになったらお酒に逃げて、うんざりするほど大暴れ。普通のテンションの父親がよかったと何度思ったことだろう。
ところが、いざこの世からいなくなると、その面倒くさかった部分ばかりがなぜか愛しく思い出され、泣けてくる。今だったら「自慢の父親になりたい」という必死さをわかってあげられたのに。一緒に飲んで話も聞いてあげられるのに。
この本がたまらないのは、そこなのだ。メイコさんを通して、空回りしていたけど、確かにあった親の愛情に気づかされるのである。
はづきさんがメイコさんに書いたこの言葉、私も今さらながら父に言いたい。
「たまには化けて出てきたら!」。
顔を上げると電車の外の景色が、ちょっとぼんやりにじんで見える。
いやもう危険な本だった。笑って笑ってじんわりきて、父に会いたくなる。感情が大忙しだ。
もう一度読もう。しかし家で人目を気にせず読もう。
これから読まれる方、ページをめくりながら百面相になるので気を付けて……!
◆ライター・田中稲
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1969年生まれ。昭和歌謡・ドラマ、アイドル、世代研究を中心に執筆している。著書に『昭和歌謡 出る単 1008語』(誠文堂新光社)、『そろそろ日本の全世代についてまとめておこうか。』(青月社)がある。大阪の編集プロダクション・オフィステイクオーに所属し、『刑事ドラマ・ミステリーがよくわかる警察入門』(実業之日本社)など多数に執筆参加。近著『なぜ、沢田研二は許されるのか』(実業之日本社刊)が好評発売中。他、ネットメディアへの寄稿多数。現在、CREA WEBで「勝手に再ブーム」を連載中。https://twitter.com/ine_tanaka