『大地の子』で芝居の壮絶さを味わった
上川の俳優人生は、1989年に「演劇集団キャラメルボックス」に入団して始まる。翌年には同劇団の舞台に初主演し、看板俳優となるが、世間にその名を轟かせたのは、終戦50周年となる1995年、NHK放送70周年記念番組として日中共同で制作されたドラマ『大地の子』で主役を務めてから。作家の故・山崎豊子さんが、8年かけて完成させた小説が原作ということもあって、当時テレビドラマでは無名に近かった上川の主演は大抜擢といわれた。相当なプレッシャーだったのではないか。
「実は、何も考えず二つ返事で快諾しました。“NHKのドラマ”“山崎豊子さんの原作”というすごさがわかっていなかったんです。いまもしオファーが来たら、とんでもないことだとわかりますが、あの頃はまだ気負う足場すらなかった、何に気負えばいいかわからなかった時代でした」

撮影期間が決まっていたため、考え込む暇がなかったのも功を奏したのかもしれない。まずは日本で中国語の勉強。せりふを中国語で言えるようになったらすぐ中国に向かい、クランクイン。
脚本家の岡崎栄さんや演出スタッフの指示をひとつずつこなしていくのに必死だったという。
「当時はSNSも普及していませんから、ドラマの反響がわからなかったのですが、11月11日~12月23日まで放送されたのに、翌年3月に再編集されたアンコール版(全11回)が放送されると聞き、驚きました。それ以降、仕事のオファーも増え、ようやく“なるほど”と実感しました」
ほとんどが中国ロケという過酷な撮影。しかし、上川にその感覚はなかった。
「つらいと判断する基準もなかったんです。たとえば、いまなら夜はマイナス20℃、日中は40℃以上にもなる現場は大変だとわかります。でも当時は、ここで撮影すると言われれば“そうですか”としか言えません。大変なことをしているという感覚がなかったんです。ただ、芝居というものがいかに壮絶か感じられた初めての現場でした」
「仲代達矢さんと相対し、芝居の壮絶さを実感」
それは、俳優・仲代達矢(92才)とのシーンでのことだ。

「病気の妹を寝かせ、火をおいて仲代さんと話したシーンでのこと。前もってせりふも段取りも覚えて臨んだのに、仲代さんと相対しているうちに自分が何を話し、どう動いたのか、記憶がなくなっていたんです。お芝居をしていてこんな状態を味わえるとは、こういう状態を生む役者がいるとは…。
お芝居を極められた人の、とんでもなさを目の当たりにした瞬間でした。劇団にいた時代から、演じることの楽しさは味わってきましたが、それまでは、演じることでほかの人になりたかっただけ。このとき初めて、あぁ、“役者”になりたいと思いました」
『大地の子』から30年、いまや押しも押されもせぬ俳優となったが、本人はどこ吹く風で、まだまだ芝居を楽しみたいという。まずは目の前の役からと『問題物件』への意気込みを見せる。
「このドラマは犬が鍵になっていますが、ぼくもいま15才になる保護犬の女の子と暮らしています。彼女が穏やかに過ごす姿をはたから眺めているのが好きなんです。とても賢い子で、誘われたら遊びますが、高齢ですしとにかく平穏に過ごしてもらいたい(笑い)。ぼくは本来、役と自分を切り離して演じるのですが、犬への愛情に関しては、犬頭の感情に転嫁している部分があるかもしれません」
最後に見せた愛犬家の一面。これが上川の“素顔”なのかもしれない。
◆不動産にまつわる不可解な事件を解明するミステリーコメディー
『問題物件』(フジテレビ系)毎週水曜夜10時~
謎の男・犬頭光太郎(上川)と、不動産販売会社の社員で物件マニアの若宮恵美子(内田理央)がコンビを組み、次々と発生する「問題物件」のトラブルに挑む。3月19日放送の第10話はいよいよクライマックス。罪人が裁かれる"天使の棲む部屋"の謎に犬頭が挑む。(これまでの全話は「FOD」(有料)で、第9話は「TVer」で無料配信中)
◆俳優・上川隆也
かみかわ・たかや/1965年5月7日、東京都生まれ。中央大学経済学部在学中の1989年に「演劇集団キャラメルボックス」に入団(2009年退団)。1995年、NHK放送70周年記念日中共同制作ドラマ『大地の子』で主役に抜擢され、第4回橋田賞新人賞を受賞。以後、活躍の場を広げ、『青の時代』(TBS系)で第18回ザテレビジョンドラマアカデミー賞助演男優賞を受賞。2006年のNHK大河ドラマ『功名が辻』では山内一豊役で主演を果たす。舞台、テレビ、映画、アニメ声優と幅広い作品に出演を続け、現在は『問題物件』(フジテレビ系)に主演する。
※女性セブン2025年3月27日・4月3日号