
昨秋、無事に5人目の男児を出産したがNさんのダメージは大きかった。
「マタニティブルーがひどく、産後もうつ状態が続きました。出産祝いの場で周囲から“5人も子供を持つなんて男の鑑だ”“夫婦仲がよくてうらやましいよ”と持ち上げられてニタニタして得意げな夫の顔と、“お前も奥さんもよほどのスキモノだなぁ”と下品に笑った親族の顔のおぞましさが目に焼き付いています」
バツイチの夫(42才)と結婚したHさん(33才)。夫は前妻の不倫が原因で離婚した「サレ夫」で、「今度こそ幸せになりたい」と9年前にHさんにプロポーズした。
「傷ついた心を癒すためか彼はすぐに子供をほしがりました。私も子供が好きで、前の職場で高齢出産に悩む同僚を見てきたので、若いうちにと立て続けに3人産みました。それでも夫の欲望は収まらず、4人目、5人目と……。ただし夫はそれほど子供たちをかわいがるでもなく、“何でたくさんほしいのだろう”と不思議でした」(Hさん)
5人目を出産後、Hさんは高校の同窓会に出席することになった。そんな彼女に夫はこう言い放った。
「同窓会がきっかけで浮気するやつが多いみたいだけど、バカなこと考えるなよ。5人も子供を産んで、たるみ切った体に欲情するのはおれくらいだからな」
夫の本心を悟ったHさんが涙ながらに振り返る。
「サレ夫であることをずっと屈辱に思っていた夫は、度重なる出産で私の容姿が衰えて浮気できなくなるのを望んでいたんです。そのことを悟って血の気が引きました。愛想をつかした私に夫は6人目を求めて、嫌がる私を押さえつけて無理やり行為に及びました」
妊娠、出産を繰り返す中で妻は幾度も追い込まれる。
「自分が年老いたときに面倒を見てほしいから女の子を産めという夫もいます。妻が出産を望まなくても中絶には配偶者の同意が必要なので、夫が同意しないと産まざるを得ません。一方で夫の求めに応じていざ妊娠すると、“これ以上子供はいらないから堕ろしてこい”といわれるケースもあります」(種部さん・以下同)
子を産むほど夫婦の支配関係がさらに強まる
なぜ、妻たちは凄惨な多産DVに追い込まれるのか。
「DVは怒鳴る、殴るといった暴力だけではありません。相手を怖がらせて支配することがDVの本質です。女性は男性より収入が少ないことが多く、“誰のおかげで生活できると思っているんだ”と経済的な支配を受けることも多い。追い詰められて心を支配された妻は夫の理不尽な要求を拒否できず、望まない妊娠や出産を強いられます。勇気を出して離婚を切り出しても、“別れたらおれは死ぬ”と拒否される。これもひとつの支配の方法です」
子だくさんを無条件に称賛する世の風潮にも、多産DVを助長する一面がある。
「特に地方では子供がたくさんいることが称賛されるので、妻が出産に前向きで妊娠を喜んでいるようにふるまう必要があり、多産DVが周囲に理解されづらい。妊娠がわかり内心絶望する妻が、自分の手柄であるかのように吹聴して回る夫を忌々しく感じることも多々あります」(清水さん)
支配的なモラハラ夫に多産を強いられる妻の心理状態について清水さんは、「顕著なのは『妥協』と『あきらめ』です」と語る。
「多産DVを受けた女性の多くは“できちゃったものは仕方ない”“こういう夫を選んだのは自業自得”という言葉を口にします。望まない出産を経るたび、夫に対して憎悪を抱くこともありますが、度重なる産休・育休でキャリアを棒に振ることも多く、子供たちをひとりで育てる経済力がないケースが多い。そのため現状を変えることをあきらめ、夫の理不尽な要求を受け入れざるを得ないのです」

子供を産めば産むほど、自分が置かれた環境から逃げ出しにくい構造もある。
「子供がいるほど女性は家庭に縛り付けられて経済的に苦しくなり、“子供が小さいうちに離婚するとかわいそうだ”と思ったり、“子供が怯えないように、夫に怒鳴られないようひっそり生きよう”とがまんします。子を産むほど負のスパイラルが生じて夫婦の支配関係がさらに強まります」(種部さん)
精神的な負担に加えて、望まない出産が女性の体に大きなダメージを与えることを忘れてはならない。
「出産を重ねると下腹部の肉がたるみ、胸が垂れ下がって肌がカサカサになり、産後ケアの時間が充分でないと尿漏れやヘルニア、腰痛に悩まされることもある。多産を強いる夫は、妻のケアをしないので病院に行くことができない妻も少なくありません」(清水さん)
一方、多産を望む夫はどんなタイプなのか。
「基本的に妻を支配せずにはいられないほど自信がない人。子供の頃から“男だったらしっかりしろ”と言われて育ち、他者よりも優位に立つことで自分の立場を維持してきたタイプです」(種部さん)
「男は仕事、女は家庭」という昔ながらの価値観を持つ男性も目立つ。『ヤングケアラーに気づき支援する メンタルサポート【N式ツール】の使い方』の著者で、臨床心理士の永山唯さんが語る。
「私が担当した事例では、家事や育児は妻が行うのが当然で、自分は男だから外で働くというタイプが多かった。家のことは何もやろうとせず、仕事帰りにちょっと家の買い物をしただけで“買ってきてやった感”をすごく出す感じです」
ある程度の社会的な地位を持つ夫も少なくない。種部さんの経験上、医師や弁護士、教師、警察官、僧侶、経営者などが性的DVに及ぶことが多いという。
「社会的に立場のある『優しくていい人』が性的DVに及ぶケースは少なくありません。そうしたタイプの夫を持つ妻が誰かに相談すると、“え? あの人が?”と驚かれて“それはあなたのワガママじゃないの?”と言われるから、妻は“自分が間違っている”とか“私ががまんすればいい”と思ってしまう。さらに“私が至らないからこうなるんだ”“ここで私が逃げたら夫が困るはずだ”と思い込まされ、逃げられない状態になります」(種部さん)

(後編へ続く)
※女性セブン2025年5月1日号