
嵐の活動に限界を感じ、その終わり方を模索してきたリーダー・大野智(44才)の4年半。彼が5人の約束と語るのは、ファンとの別れの場を持つことだった。反面教師としたのは、かつて憧れた大先輩。嵐のキーマンが抱く葛藤とは──。【前後編の前編】
5月上旬の夜、沖縄県・宮古島の雑居ビルにあるバーは、大勢の常連客で賑わっていた。いまやこの店の実質的なオーナーが、嵐のリーダー・大野智であることを地元で知らぬ者はいない。この日も大野は帽子を目深にかぶり、カウンターの端で静かに酒を飲んでいた。
「店には大野さんが手がけた絵画やオブジェが飾られていて、いまも作品はどんどん増えています。大野さんは都会の喧騒から離れた島でのんびり過ごすのが好きで、バーにもよく顔を出していました。ファンに求められてカラオケを歌ったり、写真撮影やサインにも気さくに応じることもあったようです」(地元の知人)
2020年末に嵐が活動を休止して以降、大野は東京と宮古島を行き来し、文字通りの自由な生活を謳歌してきた。だが、4年以上続いた“長い夏休み”にも一旦の区切りをつけるときが来たようだ。
嵐がファンクラブの会員向けに動画を公開し、大野を含む5人のメンバーが揃って出演したのは5月6日。櫻井翔(43才)が「お久しぶりです」とあいさつした後、相葉雅紀(42才)が再び5人で集まり、来春にもコンサートツアーを行うことを発表した。
「ファンにとっては、待ち望んでいた朗報でしたが、そのツアーが嵐にとって事実上のラストライブになることに、ショックを受ける人は少なくなかったようです。最後まで“解散”という言葉は使わず、嵐としての活動を終了すると表現したことに、グループを大切にする彼らの気持ちが込められていました」(芸能リポーター)
大野が動画で語ったところによれば、5人は1年半ほど前から折を見て集まり、コロナ禍で実現できなかった“ファンに直接感謝を伝える”ことに関して何度も話し合いを重ねてきたという。
「昨年10月、『女性セブン』に掲載された大野さんの写真はあごにひげをたくわえ、左腕に入れたタトゥーが目立つワイルドな風貌でした。一方で、動画での大野さんはひげをそり落とし、髪もきれいにセットしていたため、現役時代と変わらないビジュアルに戻っていたことに安堵したファンもいたようです」(前出・芸能リポーター)
転機となった社長との面談
休業中に、表舞台から姿を消した大野が、ビジネスパートナーとともに不動産投資を行う会社を立ち上げ、宮古島のリゾート開発に取り組んできたことは本誌既報の通り。昨年秋には離島に建設したプライベートヴィラが完成し、本格的な開業に向けてホームページもひっそりと開設したばかりだった。
「大野さんの出資する会社でマリンスポーツやレンタカーの営業許可を取り、新たな土地を取得してリゾートを拡大する計画も進んでいたそうです。もっとも、大野さんはしばらくの間、嵐の活動に専念するため、事業はビジネスパートナーに任せることになる。ヴィラのホームページにも鍵がかけられ、現在は外部から見られなくなっています」(前出・地元の知人)
南の島で第二の人生を歩んでいた大野が、決意を新たにしたのは昨年夏から秋頃にかけてのことだった。株式会社嵐の四宮隆史社長が宮古島を訪れ、大野と面談したことがきっかけだったという。
「四宮氏は大野さんのバーやヴィラを見学し、島に宿泊して大野さんとじっくり話し合ったそうです。2人の間でどんな会話が交わされたのかはわかりませんが、大野さんは『1年がんばってみる』と語っていたといいます」(芸能関係者)

嵐としてファンの前でラストライブを開催することは、ほかの4人のメンバーとの当初からの約束でもあった。
「2017年に大野さんが嵐からの脱退を申し出て、メンバーで解散か、活動休止かの話し合いをしていたときも、議題になったのはグループとしての終止符の打ち方でした。
大野さんは事務所を退所することも考えていたそうですが、ひとりでも抜ければ嵐ではないというのがメンバーの総意。コロナ禍のため活動休止前に有観客のライブが開催できなかったことが彼らの心残りで、ラストライブで有終の美を飾ることを誓い合ったといいます」(前出・芸能関係者)
反面教師となったのは、悲劇的な終わり方をした大先輩のSMAPだ。1991年にデビューして以降、四半世紀にわたって芸能界のトップを走り続けたSMAPは、2015年に表面化したメンバーの分裂・独立騒動を経て2016年末に解散。最後に5人でライブを行うこともなく、NHK紅白歌合戦のオファーも辞退し、メンバーがバラバラになったまま、それぞれが別の道を歩んだ。

思い起こされるのが、2018年12月に中居正広(52才)が、滝沢秀明(43才)に伝えた言葉だ。当時、中居は司会を務めていたバラエティー番組『中居正広の金曜日のスマイルたちへ』(TBS系)で、タッキー&翼の解散を控えていた滝沢に、自身の後悔を口にした。
「ぼく個人は(幕引きを)怠った人間で、『。(マル)』を打てなかった。どうか2人には、ファンの子に……。いままで応援してくれた人たちってすごく大事だから。その人たちが次に進めるように……」
当時、グループの今後について話し合っていた嵐には自分たちに向けられた言葉にも聞こえたのだろう。
「長年アイドルとして活動を続けることに限界を感じていた大野さんも、SMAPの解散には思うところがあったようです。一度は黙って引退することも考えたそうですが、SMAPの状況を見て思いを改めた。ファンを悲しませるような終わり方だけは絶対にしてはならないと5人で話し合ったそうです」(前出・芸能関係者)
(後編へ続く)
※女性セブン2025年5月29日号







