
さまざまな理由で若い頃に勉強ができなかった人たちが、時間的・経済的余裕ができたタイミングで“学び直し”をするケースが増えている。厚生労働省では、仕事をしながら学ぶ「リカレント教育」を推進。各教育機関でも広く門戸を開いており、社会からの追い風も吹く。実際に学び直しをした人たちは、「人生が変わった」と目を輝かせる。いまや年齢は関係ない。そんな中、45才で早稲田大学入学、60才で大学教授に就任した俳優・いとうまい子(60才)も学び直しをした1人だ。いとうに話を聞いた。
人の役に立てることを探して学び直しを決意
今春から東京大学大学院理学系研究科で「抗老化学」を研究しているいとうが、”学び直し”を決めたのは、芸能生活25周年を迎えた45才のときだった。

「これまで支えてくれた皆さんに恩返しをしたいものの、その術がわからなくて…。大学で知識を積めば、人の役に立てることが見つかるかもしれないと思ったんです」(いとう・以下同)
とりあえず、以前から興味があった「予防医学」を学ぼうと、早稲田大学人間科学部eスクールに入学した。いわゆる通信教育課程だ。
「早稲田大学の場合、通学制と通信制では入学時の学力に差があるケースが多いんです。そのことで入学当初、教授から、“心して学ぶように”と釘を刺されまして…」
通学制に負けない学力をつけようと奮起したという。
「簡単に単位がもらえる科目は避け、優秀な学生でも単位取得が難しい憲法学を受講するなど、厳しい選択をするようにしました」
とはいえ、本気で勉強に取り組むのは高校時代以来、約27年ぶり。受けた授業内容を次々と忘れてしまう。
「90分の授業の後、内容を覚えていないんです。記憶力の衰えを痛感しました」
ほかの学生に遅れをとるまいと人一倍復習し、授業を受け、テストやレポート提出も怠らなかった。もちろん仕事をしながらだ。徹夜する日々が続き、帯状疱疹になった。
好きなことより得意なことを学ぶ
さらに大学3年への進級を前に、予想外の出来事が。入学前から希望していた予防医学のゼミが、教授の退官によりなくなったのだ。
「がっかりしましたが、同級生から『これからの時代はロボット工学だ』とアドバイスをもらって考えを変えました。予想外の選択ですが、子供の頃から理数系は得意でしたし、あえて挑戦することにしました」
未知の分野に飛び込むチャンスだと前向きにとらえ、一からプログラミングを学び始めた。
「意外とこれが楽しくて夢中になってしまい、結局、大学3年から修士課程までの4年間、ロボット工学を研究しました」
さらにもう2年、博士課程で勉強したかったが、残念ながら授業科目にロボット工学がなかった。しかしこのときも、いとうはこの状況を前向きにとらえた。
「だったら、最初に学ぼうと思っていた予防医学と関連の深い基礎老化学を選択しようと思いました」
修士2年まで老化学の授業を受講していたことが功を奏し、別分野からの挑戦だったにもかかわらず、51才で博士課程に合格。周囲を驚かせた。それ以降は、抗老化学を追究している。

「いまは、カロリー制限模倣物質の研究をしています。老化予防にカロリー制限が有効なことは知られていますが、実際にカロリー制限をしなくても、細胞が“制限した”と勘違いするような成分を、食品から見つけ出そうとしています」
この4月からは、大学教授にも就任した。
「大学では自己理解を深めつつ生きる力を養う、ヒューニング学を教えています。そろそろ皆さんに恩返しできる頃かな、と思っています」
ここまで学び続けられたのは、好きなことではなく、得意なことを選んだからだと振り返る。
「好きなことはいつか嫌いになる可能性がある。でも、得意なことが不得意になることはないと思うんです」
厳しい状況も前向きにとらえて学び続けた結果、想像もしなかった未来が待っていたと笑顔で語った。

◆俳優・いとうまい子
愛知県出身。1983年にアイドル歌手デビュー。ドラマ『不良少女とよばれて』(TBS系)でブレーク。今年6月、八十二銀行社外取締役就任予定。
取材・文/植木淳子
※女性セブン2025年6月5・12日号