
年を重ねるとともに日常で必要なのは、つらい筋トレで鍛えた筋肉ではなく、機能的に使える「ゆる筋」です。約400人のシニアを指導している、いま注目の現役格闘家に体力がなくても、運動が苦手でもできる、しなやかな筋肉のつくり方を聞いた。
ゆる筋のキモは「体幹」と「脱力」
「ゆる筋」とは、どういう筋肉なのだろうか? 格闘家の池本誠知さんが説明する。

「やわらかくほぐれた状態の筋肉です。ゆる筋がついていると手足や腰など外側の筋肉だけでなく、インナーマッスルも一緒に使えてこわばりのないしなやかな筋肉を保て、肩や腰、ひざへの負担も軽減します」
老後も元気に活動するためには筋肉が不可欠だが、負荷の強い筋トレが必要なわけではないという。
「たとえば、マシンで部分的に鍛え上げた筋肉は、いかにも引き締まって動けそうですが、筋肉同士が連動していないため自在に動かしにくく、可動域も狭いんです。家事や仕事、歩行など日常生活で本当に役立つのは、見た目ではなく効率的に動けて疲れにくい『ゆる筋』なのです」(池本さん・以下同)
その第一歩は、「理想の立ち姿」が自然にできること。

「キモは『体幹』と『脱力』です。体の土台となる体幹はしっかりと硬く、ほかは力が抜けているのが理想。体幹なくして脱力はできません。重力に逆らうように立ち、足裏で均等に地面を踏みしめ、深い呼吸をすることも重要です」
運動習慣がない人は、お腹を凹ませて立つだけでも効果がある。
「キツめのパンツをはくときの、お腹を凹ませる感覚です。その状態で歩くだけで、ふだんより2割増しでカロリー消費が上がります。必ず『腕は肩甲骨、足は腸腰筋から始まっている』という意識を持つこと。腕は肩甲骨から動かし、歩くときは腸腰筋を引き上げるように大きく踏み出す。足や腕だけを動かすとそこだけ太くなりますが、この方法だと細くしなやかな手足を維持できます」
常にこの姿勢で歩くのは大変なので、通勤や買い物などの際から始めて慣れていくことが大切だ。
「電車で座れたときは、背もたれを使わずに姿勢を維持しましょう」
ゆる筋が不足している人は、STEP1を日常に取り入れ、理想の立ち姿を目指そう。これで、ひざ下や足裏はしっかり鍛えられ、上半身はゆるめられる。
理想の立ち姿ができるようになったら、STEP2、池本さんがキックボクシングの動きをもとに開発した「ゆる筋エクササイズ」へ進もう。
「片足立ちで行うキックボクシングは、体幹を使う競技。パンチは肩甲骨、キックは腸腰筋を使うため、“ゆる筋づくり”に最適です」
キックボクシングが高齢者の健康増進に役立つ可能性があるとして、池本さんは現在、立命館大学、オムロンと共同研究を行っている。65才以上の男女約400人に「ゆる筋エクササイズ」の指導を行い「肩こりや腰痛の改善」「ヒップアップ効果」など、ポジティブな声も上がっているという。
「ゆる筋がつくと体のバランスが整い、姿勢もよくなる。関節の可動域が広がる。筋肉の柔軟性が高まり、疲れにくくなる。階段の上り下りが楽になる。骨密度が上がる。気分が安定するなどの効果が期待できます」
体幹が不安定な段階で一気にエクササイズに進むと、かえって体を痛める可能性がある。まずは「力まず正しく立つ」ことを目指そう。
【STEP1】日常生活で「ゆる筋」を育てる
就寝・起床時や家事の合間、テレビを見ながら、ウオーキングの前後など、空いた時間に何度も行ってもOK。
ひざ下トレーニング
座って両足を伸ばし、そろえた状態で、足先を上げたり伸ばしたりする。往復15回。

次に、「理想の立ち姿勢」でかかとを上げ下げする。往復15回。

足裏トレーニング
床にタオルを置き、足の指でタオルをつかむ。つかんだら指を広げる。これを15回繰り返す。

肩甲骨まわりをゆるめる
体を正面に向けたまま、肩だけを左右に振りながら、上半身をゆるめる。でんでん太鼓のイメージで(15回以上)。

股関節まわりを動かす
床に座り、上体を起こしたまま「お尻歩き」の要領でお尻を使って前に、後ろに歩く(約1分間)。

【STEP2】ボクサー気分で、ゆる筋エクササイズ
キックボクシングの動きを細分化。楽しみながら体幹やバランス感覚が整い、気分も爽快!
キックボクシングの「ひざ蹴り」の動きを応用!【ペルビックアップ(骨盤の上下運動)】
「骨盤の安定性を高め、全身のバランスを整えます。骨盤まわりの筋肉が鍛えられ、下半身の筋力も強化されます」

【1】まっすぐ立ち、右足を軽く曲げて床から5cmほど浮かせる。腰に手を当て正しい姿勢を保つ。姿勢が安定しない人は、壁に手を置いてもOK。

【2】足を使わず、右の骨盤だけを上に動かす。骨盤を上げるとき、軸足(左足)は地面を押すようにして左のお尻に力を入れる。姿勢を崩さないように意識し、動作をゆっくりと行うこと。【1】【2】を15回繰り返し、反対側の足も同様に行う。

※軸足で地面を押すイメージで、お尻に力を入れる
・意識するポイント
「骨盤の動きをしっかりと感じるようにし、腰や背中が反らないように注意しましょう。呼吸を止めずに、リズムよく動作を続けます。片足立ちがつらい人は、両足を床につけたまま骨盤を上げるだけでもOK」
キックボクシングの「ミドルキック」の動きを応用!【ニーアップ】
「ペルビックアップのレベルアップバージョン。骨盤の位置が安定して腰痛予防にも最適。股関節や腰の柔軟性も向上し、可動域が広がって血流もよくなります」

【1】まっすぐ立ち、両足を腰幅に開く。腰に手を当て、背筋を伸ばす。右足を後ろに曲げる(ひざの角度は90度に保つ)。

【2】姿勢を維持しながら右の腸腰筋を引き上げ、それと連動させてひざを腰の高さまで上げる。上げたひざは90度に曲げ、つま先は下方に向け、左足はしっかりと地面に接地させながら3秒キープする。

※足から上げるのではなく、腸腰筋から動かす
【3】ひざをゆっくりと元の位置に戻す。これらを15回繰り返し、反対側の足も同様に行う。
・意識するポイント
「足を動かすのではなく、腸腰筋を縮めるように引き上げることで足がつられて上がっていくイメージです。ひざを上げた状態を3秒間維持するとき、骨盤まわりの筋肉の存在を意識してみましょう。バランスを取るのが難しい場合は、壁に手を置いてもOKです」
キックボクシングの「ジャブ」の動きを応用!【弓引きストレッチ】
「肩甲骨や肩まわりがほぐれ、血行促進や肩こり解消、姿勢改善に役立ちます。胸や背中の筋肉が伸びるため、呼吸がしやすくなってリラックス効果も得られます」

【1】左足を前、右足を後ろにして、両足は肩幅程度に開く。ひざはゆるめ、重心を低く保つ意識で立ち、両手のひらを前で合わせる。

【2】弓を引くイメージで右手を引く。さらに両肩甲骨をぐーっと引き寄せ、その姿勢を3秒キープ(呼吸は止めないように!)。ゆっくり両手を元の位置に戻す。これらを5回繰り返し、反対側も同様に行う。

・意識するポイント
「目線は前方に向け、肩をすくめず、リラックスした状態で行いましょう。呼吸は絶対に止めないこと。肩甲骨を寄せきったら、胸の筋肉が伸びている感覚を確認しましょう。【2】で右手を引いた状態からひざ、腰を回転させながら左の肩甲骨を引き、右手を前に伸ばすと、ジャブからパンチを繰り出す動きになります」
◆格闘家、トレーナー・池本誠知さん
「大阪一客を呼べる選手」としてPRIDEやK-1で活躍し、DEEPのチャンピオンに。現在は大阪で総合格闘技スタジオ「STYLE」を12店舗運営。シニアキックボクシングの健康効果に関する研究を生かし、50才以上限定キックボクシング「アクティブオーバーA50」を展開中。
取材・文/佐藤有栄
※女性セブン2025年7月17日号