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【定年夫が家にいる】妻たちのリアルボイス「もはや召使いを通り越して奴隷のよう」「使い物にならないのにプライドだけは高い」…夫が自由になればなるほど妻が不自由になる現実 

定年を迎えた夫が家にいることで妻は苦労している (写真/PIXTA)
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数十年の間、1日の中で一緒にいる時間はほんの数時間。互いが空気のような存在になってきたところで始まったのは「夫が24時間、家にいる」という地獄。生活リズムも人間関係も、食の趣味さえもまったく違えてしまった"おじさん"と、どう暮らせばいいか。妻たちのリアルボイスと、それでも前向きに生きていくための術を取材した。【全3回の第1回】

人生100年時代、生き方とともに働き方も大きく変わっている。2025年4月から高年齢者雇用安定法に基づき、65才までの雇用確保が完全義務化された。これは実質的な「定年延長」だ。

65才もしくはそれ以上の就労を希望する人が増えているのは健康寿命が延びて、“長く働ける”ようになったこともあるが、少子高齢化の影響で年金財政が逼迫し、将来的な「年金減額」が囁かれることも無関係ではないだろう。物価高騰で食料品などの値上げが相次ぎ、なけなしの老後資産の目減りが避けられない。

世界トップレベルの長寿化が進行するなか、とりまく環境も経済状況も昔と様変わりして「60才を過ぎたら毎日が休日の悠々自適な生活」は、夢のまた夢となった。

長生きに伴い、生活の基盤である「家庭」を顧みると、夫婦が一緒に過ごす時間はますます長くなっている。ベストセラーになった『妻のトリセツ』の著者で、脳科学・人工知能研究者の黒川伊保子さんが話す。

「昭和34(1959)生年まれの私たちの世代は、3〜4人に1人が100才以上生きるそうです。私は夫と結婚して40年目ですが、100才まで生きるとして結婚生活はいまやっと折り返し地点を過ぎたくらい。

人生100年時代の到来は、結婚70年時代の幕開けでもあります。しかも恐ろしいことに定年後、夫はずっと家にいる(笑い)。結婚70年時代に長く夫婦が歩む道のりには、かなりの覚悟と工夫が求められるでしょうね」

悠々自適が“幻”となったいま、定年後に夫婦が歩く長い道のりには、どんな苦労と困難が待っているのだろうか。妻たちのリアルボイスと、それでも前向きに生きていくための術を取材した。

夫がいるとゆっくりとトイレに行けず便秘に

都内に住むAさん(66才)は、半年前に定年退職した同じ年の夫が日中ずっと家にいるようになり、生活リズムがすっかり変わった。

「夫が働いている間は、『いつ誰が来ても恥ずかしくない家』を家事のモットーに掲げて、午前中に家中を片付けて掃除機と拭き掃除を終え、スッキリした状態でお昼ご飯を食べて午後は少しのんびり……というのが私の日課でした。ところが夫が定年退職すると、そのルーティンは根底から覆りました」(Aさん)

夫は一日中、家のあちこちをうろつき、リビングにリモコンや雑誌を投げ捨て、庭いじりで使ったはさみやバケツをその場に置き去りにして、妻がピカピカに磨いた浴室で、汗を流すため日中にシャワーを浴びた。

Aさんが怒り心頭でぶちまける。

「家中を散らかすだけ散らかして、後片付けを一切しないので、家の中が雑然としました。せっかくきれいにしたのに汚されるのはがまんならず、イライラしながら掃除機とお掃除シートを持って夫の後をついて回る生活に疲れ果てました。何度注意しても聞く耳を持たず、いっそのこと大量のゴミと一緒に夫を捨てられたら心が洗われるだろうと夢想します」

6才年上の夫が4か月前に嘱託先を退社し、“完全引退”したことで、Bさん(62才)も毎日の日課が変化した。

これまで日常のルーティンに組み込まれていなかった「夫」の存在は妻にとって“違和感”。ただ家にいられると違和感は怒りに変わる (写真/PIXTA)
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「夫の現役時代、毎朝家族を送り出してからゆっくりトイレに入って、その後、パートに出るのが私の日課でした。恥ずかしいですが、読みかけの本や雑誌、時にはパズルを持ち込んでトイレにこもることが、健康を保つ習慣だったんです。

ところが定年を迎え起床時間が遅くなった夫は、私のトイレタイムにリビングに下りてきて、『しょうゆはどこだ』『新聞はどこに置いたんだ』『お茶っ葉がない』と大さわぎ。よく探しもせず、すぐ呼びつけて何度も声をかけてくるのでトイレどころではありません。おかげで体内のバイオリズムが狂って、ひどい便秘に悩まされるようになりました」(Bさん)

週末に市販の下剤をのむことで何とか用を足すことができたが、じきに耐性ができたのか、下剤が効かなくなった。不安を感じて消化器内科を受診すると医師はこう言った。

「このまま便をため込む生活を続けると、やがて大腸がんになりますよ」

Bさんが肩を落としてつぶやく。

「それまで何の問題もなかったのに定年になった夫が家にいることで思わぬ健康被害が生じました。大切なトイレ時間と健康を返してほしい」

このように、現役時代は主に朝と夜しか家にいなかった夫が一日中在宅になるとさまざまな弊害が生じる。

『夫に死んでほしい妻たち』の著者で、労働経済ジャーナリストの小林美希さんが語る。

「女性の社会進出や専業主婦の減少などもあり、いまの若い世代の夫婦は進んで家事の分担などを行っています。

しかし、定年を見据える60代前後は男尊女卑や亭主関白がいまだ残っている最後の世代です。最近、『夫よ、死んでくれないか』(テレビ東京系)というドラマが話題になりましたが、いまの60代前後の女性は専業主婦が多く、経済力の問題があってなかなか離婚や別居に踏み切れません。その代わり、定年後に同居する夫に対して、“いなくなってほしい”“死んでほしい”と内心で願うケースが目立つ。あのドラマに共感したのは、むしろ年を重ねたベテラン主婦たちだったのではないでしょうか」

“据え膳問題”を入り口に強権的な夫に妻が不満を募らせる

ジェンダー平等の風潮についていけない夫がトラブルをこじらせる面もある。

「いま60代前後の男性はジェンダー平等をまったく知らないわけではないけど、実際の言動に反映させるには至らない。さらに、社会的な地位を失っている状態で家にいるので、妻を部下扱いし始めるんですよね。やたら管理したり、うるさく言ったり、そういったことが日常生活の中に入り込んできて余計に夫を疎ましく思う傾向があると思います。

なかでも顕著なのは食事で、妻が作って当たり前と思っているから『メシ、まだなの?』と平気で口にします。定年後は、こうした“据え膳問題”を入り口にして、強権的な夫に妻が不満を募らせるケースが多い」(小林さん)

『灰になったら夫婦円満』の著者で、エッセイストで作家の小川有里さんも言葉を重ねる。

「夫が仕事をしている間は朝晩、もしくは朝だけ食事の支度をすればよかったけど、定年後は昼食を作らなくてはなりません。この“お昼問題”は定年夫とのトラブルの典型であるものの、意外と根深く、妻は自分の時間をつぶして昼前から食事の準備をしなければならない。朝晩の2食に1食増えるだけで妻の負担が大きく増して、不満ばかり募ります」

神奈川県のCさん(59才)の夫は公務員として60才で定年を迎えその後、嘱託社員として2年働いてから隠居生活に入った。現役時代、判で押したような規則正しい生活をしていた反動からか、夫は「これからは眠くなったら寝て、目が覚めたら起きる!」と突如宣言。マイペースな生活を勝手に展開してくれればよかったものが、夫が自由になればなるほど、妻は不自由な生活を強いられた。Cさんが憤りを隠さずに話す。

熟年離婚の割合は年々増加している!
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「定年後の身の回りの世話はこれまでと同じく妻任せ。なんせ、洗濯機の使い方もよくわかっていなければ、料理もできませんから。

私は何時に起き、いつご飯を食べるかわからない夫のために、すぐ食事が出せるよう常に備えて、気が向いたら電車で出かける夫のために着替えを用意し、駅まで送迎しないといけない。夫は自分の生活に妻が合わせるのが当然と信じて疑わず、私は自分の予定がまったく立てられません。もはや召使いを通り越して奴隷のようなもので、あまりのストレスに爆発寸前です」

一方で、家事分担に“理解のある”夫の言動が逆効果になることもある。

「これからは家族のために生きるよ」

定年退職した夫(61才)のこんな言葉に小躍りしたDさん(55才)だが、夫が家事を手伝うと彼女の表情は一変した。

「料理は焦げているか半ナマで、洗濯物は色落ちして型崩れ。家庭菜園のプランターを全滅させたときは絶句しました。

とにかく使い物にならないのにプライドだけは高く、私が小言を言うと『家族のために頑張る気持ちに水を差すな』『何もしないでいるとボケてしまう』などとネチネチうるさい。仕方がないので好きにさせていますが腹立たしいばかりで、本音では頼むから再就職してくれ……と言いたい」(Dさん)

これまで“存在していなかった”人間がいるだけでも調子が狂うのに、子供と同じかそれ以下のような家事スキルで、威厳だけはある──これほどの地獄があるだろうか。

(第2回に続く)

※女性セブン2025年7月17日号

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