新しいことにチャレンジし脳を活性化
年齢を重ねると、「知能」も衰えていく。管理栄養士・日本抗加齢医学会指導士の森由香子さんが指摘する。
「加齢の影響で記憶力を司る脳の海馬が萎縮すると短期記憶が低下して人の名前が覚えられなくなったり、注意力が低下したり散漫になったりします。また高血圧症、脂質異常症、糖尿病などの生活習慣病が脳の血管の動脈硬化を進めて、脳血管性認知症を発症するリスクもあります」
また60才前後になると、認知症の前段階であり、認知機能が低下するが日常生活に大きな支障はない「軽度認知機能障害(MCI)」を発症するリスクも生じる。
もの忘れが続くと心理的にも不安になるが、過度に心配する必要はない。
「脳は何才からでも活性化できる臓器です」
そう語るのは吉村さんだ。
「60才以上の知的活動のポイントは新しい情報を常に脳に取り込んで、考えることをさぼらないこと。たまには別の道を散歩したり、いままでやってなかった趣味にチャレンジしたりするなど、常に新しいことを生活に取り入れれば脳を活性化できます」(吉村さん)

森さんは社会的な交流の大切さを説く。
「友人との食事会や地域の趣味のサークルなどに参加して人と会って話をすると、会話内容の短期記憶や話したいことの論理構築、相手の表情や声色から感情を予測する推察力など、脳機能を多面的に訓練することができます。脳は使うほどに活性化するので、どんどん使いましょう」
前述したように仲間と交流しながら運動をすれば、体力と知能を同時に鍛えられて相乗効果が生まれる。
吉村さんは脳を刺激するために、手・口・目を動かすこともすすめる。
「手先や口は大脳の司令塔の敏感なセンサーであり、これらを活性化しておくと脳が刺激されて活力が高まります。料理をしたり、楽器を演奏したり、おしゃべりすることでいいので、脳の司令塔が司る器官をしっかり使うことが脳の老化の壁を突破する秘訣です」
普段から字を書いたり、手を動かして数独などの脳トレを習慣にすることも効果的だ。
以上のように積極的に脳を使ったら、忘れずに充分な休息をとりたい。
「脳は眠っている間に脳内を掃除して不要なゴミを除去します。なので、質が高い睡眠をしっかりとることが極めて大切。寝る前はスマホを避けて穏やかな音楽を聴くなどして、朝はしっかりと日光を浴びて体内時計をリセットしてほしい」(吉村さん)
病気、食事、運動、知能……60才からは、ほかにどんな障壁があるのか。舛森さんは「口腔環境」と「聴覚」の壁を指摘する。
「認知機能と口腔環境、聴覚は密接につながっています。しっかり噛むことは脳への刺激になり、誤嚥性肺炎のリスクを半減させるとされるので、半年に1回の歯科検診とプロによるクリーニングが求められます。また難聴になると認知症のリスクが約1.9倍になるので、聞こえないのを年齢のせいにして放置せず、不安があれば早めに専門医に相談して補聴器の利用を前向きに検討して。人との会話を楽しむことは最高の脳トレです」(舛森さん)
年をとると鏡で自分の衰えた姿を見ることが嫌になりがち。だが吉村さんは年齢を重ねるほど「見た目」を気にしてほしいと話す。
「見た目の老化はある程度避けられませんが、ため息をついて諦めるのではなく、上手に見た目とつきあうことが大切です。例えば鏡を見て新しいしわを見つけたら、新しいスキンケア商品を試してみるきっかけと思えば前向きになれます。たまには派手な服を着ておしゃれを楽しんだり、姿勢が猫背だったら背筋を伸ばすことを意識するなど、社会的に孤立せず前を向いて生きられるよう“若作り”を心がけてほしい」
遠藤さんも「最も突破すべきは意識の壁です」と語る。
「いちばん避けるべきは自分で“年齢の壁”を設定してしまうことです。目標を見つけて、やりたいことをやろうと行動していると、老いが遅れて元気でいられます。それが老化を遅らせるうえで大事な根底だと思います」
高齢者専門の精神科医として6000人以上を診察してきた和田秀樹さんも「60才からできることをやることが大事」とアドバイスする。
「60才は“高齢者の新人”のようなものです。まだ若くて体力も柔軟性もある60代のうちから、老化に対抗していくことが健康長寿につながります。体の老化に加えて恐ろしいのが『心の老化』なので、体が動くうちにいろいろなことにチャレンジしてほしい。
ただし、70才や80才にも壁はあるので、60才の壁を乗り越えようと無理しすぎないようにしましょう」
60才は心と体、環境が激変するターニングポイントであり、第二の人生がスタートする絶好機でもある。
老化の壁を嘆くのではなく、この壁を乗り越えれば健康な老後が待っているという希望を抱いて、前を向いて歩いていこう。



※女性セブン2025年8月14日号