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《本の文化を残すための挑戦》八戸市は離島以外で全国初「自治体直営書店」を設立、個人経営店は“セレクトショップ化”…それでも「普通の街の本屋」を貫く店主が見る希望 

「本のまち八戸」を掲げる八戸市が設立した八戸ブックセンター(八戸ブックセンターのHPより)
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 あなたは今年、何回書店に行っただろうか。紙の本や雑誌を何冊買っただろうか。そんな問いを投げかけたくなるほど、本を読むという習慣は危機を迎えている。

「最近の若者は本を読まない」「子供の活字離れが進んでいる」という現実が社会問題化して久しいが、読書離れが進むのは若年層だけでなく、幅広い年代に及ぶ。人々が手に持ち、眺めるのはスマホの画面ばかりで、通勤や通学の電車の中や病院の待合室などで紙の本を読みふける人の姿を見かけることは少なくなった。

 それでも、読書の持つ豊かさを未来につなげたいと、火を灯し続ける街の書店がある──。【前後編の後編。前編から読む

「図書館で本を借りること」と「書店で本を買うこと」はまったく別体験

 本の文化を残そうと、市民の目線に立って新たなサービスを提供する自治体が青森県八戸市だ。

「本のまち八戸」を掲げる同市に書店機能を持つ公共施設「八戸ブックセンター」が設立されたのは2016年12月。同センター所長の石木田誠さんが経緯を語る。

「全国的に書店の経営が悪化してベストセラーや雑誌、コミックといった売れ筋商品を中心に扱わざるを得なくなり、八戸市のような地方都市の市民は、海外文学や自然科学といった売れ筋ではない本と出会う機会が減りました。

 都市圏と地方の文化的格差の拡大が懸念される中、売れ筋ではない本に出会う場を市民に提供しようとの思いから、ブックセンターを開設しました」

 離島を除けば、全国初となる自治体直営書店は、利益をめざす民間の書店とは目的が異なる。石木田さんは「ブックセンターは黒字化できない」と明かす。

「そもそも普通の書店では取り扱いが難しい売れ筋以外の本をメインにセレクトしているので、黒字化できないんです。民間の書店では手に入らない本に触れる機会を提供することが公設書店としての任務であり、市民の知的好奇心や文化度を高めることに寄与したいと考えています」

 市議会からは「図書館を拡充してはどうか」との意見があったが、あくまで本を売ることにこだわった。

「図書館で借りた本にはメモや線引きができませんが、買った本なら何でも自由に書き込め、気に入ったページの端を折ることもできます。本を自分のものにして読む経験は、やはり借りて読む経験とは違うだろうと考えたことも、書店機能を持つブックセンターの設立に踏み切った理由です」(石木田さん・以下同)

「八戸ブックセンター」にはオープン以来、多くの人が足を運ぶ(八戸ブックセンターのHPより)
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 ブックセンターの館内にはゆったりしたスペースが広がり、ハンモックに腰かけて本を読める。簡素で、ルールが厳格などといった公共施設のイメージとは異なり、コーヒーや紅茶、ビールなどを飲みながら読書の愉悦に浸れることも同書店の大きな魅力。作家や大学教授などを招いての読書会やトークイベントも随時開催され、普段とは違う読書体験や本を通してさまざまな学びができる場になっている。石木田さんは「いちばんの狙いは本に親しんでもらうことです」と語る。

「そのために陳列も工夫しています。一般の書店は雑誌や文芸といったジャンルごとに本が並びますが、ブックセンターは本棚ごとに細かなテーマを設けて、それに関する入門書や専門書、マンガや絵本などさまざまなタイプの本が並びます。いままで読んだことのないジャンルの本に出会えるような試みです」

 オンライン空間のネット書店ではなくリアル書店に足を運ぶこと自体が、本に親しむきっかけとなる。

「ネット書店はほしい本を検索・注文してから届くまでのスピード感があります。

 他方、実際の書店は棚に並ぶ本をいろいろと手に取ってページをめくることで、探している本以外にも興味を持つ本を見つけることができます。そうした機会があることがリアルな書店の長所でしょう」

 石木田さんの言うとおり、ネット書店は自分が知りたい分野の本をワンクリックで手早く購入できる。リアル書店はそうしたデジタル感は欠くものの、アナログゆえに「未知との遭遇」ができるかもしれないのだ。大阪府中央区にある「隆祥館(りゅうしょうかん)書店」の店主を務める二村知子さんが語る。

「書店を訪れていろいろな本に接して、まったく知らない世界を知ることで自分自身を輝かせることができます。書店員の思いが詰まったポップを読むだけで楽しいし、それに興味がわいて普段は触れないジャンルの本に手が伸びることもあるでしょう。書店に一歩足を踏み入れると、世界が広がるんです」

絵本の棚は表紙が見やすく子供が選びやすい(八戸ブックセンターのHPより)
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 書店の意義、必要性を感じているのは著者、そして出版社も同じだ。『長生きしたけりゃふくらはぎをもみなさい』『ゼロトレ』など数々のミリオンセラー本を編集したサンマーク出版代表取締役社長で編集者の黒川精一さんと、累計128万部を超えた大ヒット作『学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶應大学に現役合格した話』の著者・坪田信貴さんは、今秋「ベストセラーを出す!『ビジョナリー著者養成講座』」を開講した。2人の思いは、「社会を明るく豊かにするために、そして書店を元気にするためにベストセラーが必要」だということ。

「近年、出版点数自体に大きな減少はありませんが、いわゆる“ベストセラー”といわれる書籍は激減しました。10万部を超える本も昨年は100冊を切っています。“売れる本がない”ことが、活字離れ、書店離れの一因になっていることは間違いありません。

 大きな部数を出すベストセラー本には世の中を変える力があります。誰かの人生や、社会を動かす力がある。『作家』を養成するのではなく、『未来を変えるベストセラー作家』を送り出すことがいまの時代こそ求められていると感じます」(黒川さん)

 坪田さんは、「本というコンテンツは文化財になりうるもの」と話す。

「本といっても、デジタル書籍と紙の本ではまったく異なるものです。たとえばぼくの家には600万部を超えたときの『週刊少年ジャンプ』がありますが、それはきっと100年先、200年先に非常に価値あるものになる。デジタル書籍ならそうはなりえません。

 もちろんデジタルにはデジタルのよさがあります。ですが、紙の本から得られる読解力や創造力をデジタルで掴むことは難しいと考えています」

 誰かの人生を変える一冊を書店に並ぶことを目的とするのは、坪田さん自身が「書店好き」だから。

「小学生の頃からたくさんの書籍に触れ、図書館のワンフロアすべての本を読み切ったほどでした。本屋は好奇心のデパートであり、タイムマシンでもある。書棚を眺めていると、まったく知らなかった分野の本に出会えたり、過去の偉人が残した貴重な言葉や思想に触れることもできます」

 SNSが発達し、あらゆる情報に触れられるようになった一方で、固定化された興味関心の範囲でしか生きられないことが指摘されており、書店が果たす役割は大きい。

「社会に関心を持ち、視座を広げるために、本屋ほど適切な場所はありません。話題の本、売れる本が世に出て、本屋に並び、それを手に取るために足を運ぶ—そういった好循環を生み出したいと考えています」(坪田さん)

セレクトショップ化する書店で「自分だけの書店」を見つける

 リアルな書店だから得られる体験、本の質感、重み、紙のにおい──東京都台東区で「ひるねこBOOKS」を経営する小張隆さんは「本は五感で味わう」ものだと話す。手に取ったときに感じる重さ、厚み、質感、時にはにおいといった、二次元では感じ取れないさまざまな魅力が本には詰まっている。

「だからこそ、できることなら書店を訪れて実際に本を手に取ってほしい」(小張さん)

 最近は五感で味わう本について、バラエティーに富んだフルコースではなく、シェフが厳選したスペシャリテを陳列する「個人商店」のような書店が増えている。

 その多くは小さなスペースを店主がひとりで切り盛りして、人文学やアート、カルチャーや歴史など、思い思いのジャンルのこだわり本を棚に並べる。決して広くはないが、訪れるだけでワクワクして、店主とのコミュニケーションを楽しめる居心地のよい空間だ。

 個人の価値観が多様化する中、個人経営の書店からは店主の個性がにじみ出て、書店の形態そのものがどんどん変化している。そうした流れがあることはわかったうえで、二村さんはあえて独自のコンセプトに沿ったセレクトショップ化を選ばなかった。

「実は父が亡くなる前に、店を改装してセレクトショップにしようと考えていたんです。でも、幼年誌や学年誌を毎月買ってくれる親御さんがいるのに、店主が選んだ書籍だけ並べて内装を洗練されたものにしたら、子供や幼児向けの雑誌が似合わない雰囲気になってしまいます。

 私は隆祥館の歴史を考えて、子供たちが歩いて来れる普通の街の本屋のままでいることに意味があるのだと思いました。それに、遠くにある本屋になかなか行けない高齢のかたやベビーカーのお母さんにはハードルが高くなるかもしれないと考え、お店をセレクトショップにするのはやめました」(二村さん・以下同)

「CCC蔦屋書店カンパニー」は「書店ゼロの街をなくす」というビジョンを掲げ、名古屋、銀座などにアートを融合した書店を出店(写真/PIXTA)
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 それでも既存の書店の枠にはとどまらない。二村さんは幼児や子供向けの本を残しつつも、店主自らできるだけ読書を重ねて、お客さんに読んでもらいたい本を店に置いている。

「そのためにお客さんとすごく会話をします。趣味や、いま読みたい内容、悩んでいることなどをお聞きして、読んでもらいたい本を選んでいます。だから隆祥館は普通の街の本屋ですが、置いてある本はかなり厳選した品揃えになっています」

 そのうえで、いまの本をとりまく環境にはまだまだ問題があると二村さんは続ける。

「本屋への配本はいまだにランク配本という制度のもと、書店の規模に応じて配本がなされます。例えば、藤岡陽子さんの『満天のゴール』は、私が日本一単行本を売っていても、文庫の配本はゼロなんです。ランク配本ではなく実績配本になれば、著者や出版社にとってもいいことですし、何よりも本屋さんの個性や推しがもっともっと光って楽しくなると思います」

 お客さんに読んでもらいたい本を棚に並べる——現在放送中のNHK大河ドラマ『べらぼう』の主人公で“江戸のメディア王”と呼ばれた蔦屋重三郎の時代から、書店の心意気は変わっていないのかもしれない。

 書店離れが唱えられて寂しいニュースが流れるが、二村さんは書店の未来を悲観することはなく、むしろ希望が見えると語る。

「私の店だけかもしれませんが、最近若いお客さんが増えているんです。それこそ10年くらい前までは年齢層が高くてどうなるか不安でしたが、最近は、18才や20才くらいの若い子が本を買いに来てくれるので、思わず年齢を聞いちゃう(笑い)。学校での朝読などの成果が、これからますます出てくるだろうと思っています」

 本の中には、いくつもの世界が詰まっている。誰とでも、どこででも、いつでもつながれる時代になったいま、むしろ私たちの視野はせまくなっているのではないだろうか。

 視野を広げて過去を知り、いまを見つめて、未来を生きるために必要なものは本に、そして、本が並ぶ書店にあるのだ。

書店の数は20年で半減した
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(前編から読む)

女性セブン2025116日号