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「無書店自治体が3割近く」という現状で、作家と読者を結ぶ「リアル体験」に取り組む“街の書店”の挑戦 『独立系書店』と呼ばれる個人経営の書店も増加中 

本を読むという習慣は危機を迎えている(写真/PIXTA)
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 あなたは今年、何回書店に行っただろうか。紙の本や雑誌を何冊買っただろうか。そんな問いを投げかけたくなるほど、本を読むという習慣は危機を迎えている。

「最近の若者は本を読まない」「子供の活字離れが進んでいる」という現実が社会問題化して久しいが、読書離れが進むのは若年層だけでなく、幅広い年代に及ぶ。人々が手に持ち、眺めるのはスマホの画面ばかりで、通勤や通学の電車の中や病院の待合室などで紙の本を読みふける人の姿を見かけることは少なくなった。

 それでも、読書の持つ豊かさを未来につなげたいと、火を灯し続ける街の書店がある──。【前後編の前編】

マンガ、雑誌、料理本に絵本…生活の隣にはいつも書店があった

 昭和、平成の時代、家の近くの商店街には必ず書店があった。マンガ雑誌の発売日には学校から帰ればすぐに買いに行き、買ってもらえないマンガを立ち読みしたり、大人の読む本にドキドキしたり。ファッション誌の表紙を見ながら、お小遣いと相談して一冊を選んだこともあれば、子供が生まれてからは手をつないで絵本を選んだりと、書店は私たちの生活の一部だったはずだ。

 しかしいま、地方の商店街自体がパワーダウンし、書店の姿はひとつ、またひとつと消えている。商業ビルですら書店が入っていないところも多く、地方では書店があっても新刊がほとんど並ばないという事態に陥っている。

街の書店は家族の憩いの場でもあった(時事通信フォト)
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 日販の「出版物販売額の実態2024」によると、2006年度に1万4555店だった書店店舗数は2023年度に7619店まで激減した。地域に書店がひとつもない「無書店自治体」が2024年11月で3割近くに達するとのデータもある。

 大きな要因がネット書店の勃興だ。日本の出版界では、米ネット販売大手「アマゾン」が2000年から本の販売を始めた。大阪府中央区にある「隆祥館(りゅうしょうかん)書店」の店主を務める二村知子さんが語る。

「2000年以降、アマゾンや大型書店の攻勢を受けた小さな書店の経営は特に厳しくなりました。2010年には電子書籍のキンドルが登場し、小さな書店はさらに危機的な状況に陥りました」

 隆祥館書店のある安堂寺町は、直木賞に名前を残す作家・直木三十五の出身地だ。この地で1949年に創業した歴史のある書店を両親から引き継いだ二村さんが、近年の書店離れを憂う。

開業当時(1978年)には国内最大規模の売り場を誇った「八重洲ブックセンター本店」が幕を閉じた(時事通信フォト)
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「例えばフランスは“本は文化だが、本を販売する書店も文化だ”という考え方が根付いて、書店の数は減っていないそうです。日本だけが急激に書店が減っている状況なので早急に手を打つ必要があります」

 書店を地域の重要な文化拠点と位置付ける政府は、齋藤健・経済産業大臣(当時)が書店経営者との対話集会を開くなど検討を重ね、昨年6月に「書店活性化プラン」を公表した。その際、街の小さな書店の行く末に危機感を抱いた二村さんは、齋藤大臣に「直訴」したという。

「大型書店とばかり座談会をされていたので、本当に廃業の危機に瀕している小さな本屋の話を聞いてほしいとお願いしたら、経済産業省で齋藤大臣が会ってくださいました。そのとき大臣は『書店がこれ以上減ると日本の国力が落ちるから、国も協力する』と言ってくださった。この言葉がどんな形で実現され、約束を果たしてくれるのか、期待したいです」(二村さん)

書店の数は20年で半減している
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アマゾンにもキンドルにもない「リアル体験」を書店で経験する

 近年は活字離れも加速している。出版科学研究所によれば、日本の紙の出版物の売り上げは、1996年の2.7兆円から2022年には1.1兆円にまで減少。ネットやSNSの普及も相まって、文化庁の2023年度調査では「月に1冊も本を読まない人」が全体の6割を超えた。

 危機的状況といえるかもしれないが、東京都台東区で「ひるねこBOOKS」を経営する小張隆さんは、「書店離れと活字離れは分けて考えるべき」と語る。

「若い世代は学校での朝読などを通じて本に触れる機会が多く、“本は楽しい”という気持ちを大人になっても持ってもらえるよう、書店や作家が中心になって盛り上げればいいんです。紙の本の売り上げが今後も減ることは間違いありませんが、最近は『独立系書店』と呼ばれる個人経営の書店も増えています。書店離れを悲観ばかりするような状況ではないと思います」

 書店の可能性を信じているのは二村さんも同じ。ネット書店や電子書籍の攻勢に見舞われて不安を感じていた2011年、彼女は歌手の松任谷由実のこんなコメントを偶然耳にした。

「もうCDは全然売れないけどファンはコンサートに来てくれるから、コンサートの回数を増やします」

作家や編集者をゲストにしたトークイベントなど、「隆祥館書店」ではさまざまなイベントが開かれている(写真提供/二村さん)
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 二村さんが振り返る。

「音楽業界でファンがリアルな体験を求めていることを知り、書店でも作家と読者が執筆にかけた思いや読後の感想などを語り合う場を作れば、みんな興味を持って来てくれるのではと思いました。

 そんな集いはアマゾンにもキンドルにも絶対にできないと思って、2011年から隆祥館で『作家と読者の集い』というイベントを始めました」

 それは、作家と読者が直接語り合う場。最初の頃は来場したお客さんが「本はいらん。話だけでええねん」と本を買ってくれなかった。

 しかし回を重ねるうちに、「今日の話はすごくよかったから本もらっとくわ」と言って、イベント後に本を買ってくれるお客さんが現れた。二村さんが語る。

「本に多くの価値と魅力があることをお客さんに伝えたくてイベントを始めたので、本を買ってもらったときはすごくうれしかった」

 月1回開催する「作家と読者の集い」には、ファンが増え好評を博していたが2015年に危機が訪れる。創業者である二村さんの父が亡くなり、兄弟から「赤字になったら本屋をたたんでもらう」と宣告されたのだ。

ママと赤ちゃんの集い場などのイベントが開かれている(写真提供/二村さん)
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 書店を残したいという父の願いを知っていた二村さんは「なぜ自分は本屋をやりたいのか」を三日三晩にわたって考えた。

「そのとき、やっぱり私は本を通じて作家や読者とつながりたいから、本屋を続けたいんだと強く思いました。本屋はただ本を売る場所ではなく、面白さをお客様と共有したり、人生が変わるくらいの作品との出会いをつくる場所。作家と読者の橋渡しの空間でもあることを多くの人に知ってもらいたかった。

 だから多いときは月9回もお店でイベントを開催して何とか黒字経営にして、隆祥館を存続させました」

 父の死から10年が経った現在、「作家と読者の集い」はすっかり定着し、月2〜3回のペースで開催される。いまでは編集者が発表前の原稿を二村さんに送ってきて、「ぜひこの著者のイベントを」とお願いすることも珍しくないという。

 隆祥館書店の取り組みはイベントだけではない。コロナを機に、二村さんは店に来られないお客さんの好みや状況に合わせて、店の本棚から1万円分のおすすめ書を選んで郵送する「1万円選書」を始めた。

「例えば両親の介護で大変な人には救いとなるような本を選びました。すると申し込みが殺到し、1回目は500人を超えました。1年に1回ですが、直近の7回目も200人ほど申し込みがありました」

 アイディア次第でお客さんとの関係を深められることを、大阪の小さな書店の挑戦が教えてくれる。

(後編に続く)

女性セブン2025116日号