
お金や家族の問題など、無数に抱える老後の不安がすべて解決したとしても、「認知症」になってしまえば元の木阿弥。原因も治療法も不明なことが多かったが、ここ数年で急速に研究が進み、「腸」との深い関係が明らかになってきた。“腸からつくられ、腸で防ぐ”認知症の最前線と、認知症予防のための最新腸活術をお届けする。
腸は“第二の脳”とも呼ばれる
日本人の寿命は延び続け、90才以上まで生きることは珍しくなくなった一方、寿命が延びることによる老後リスクは増えている。その代表格が認知症だ。超高齢社会の進行とともに認知症患者は増加の一途を辿っており、予備軍である軽度認知障害(MCI)も合わせると、患者数は1000万人を超える。65才以上の3.6人に1人が、認知機能に問題を抱えているのだ。
2023年にはアルツハイマー型認知症の新薬「レカネマブ」が承認されるなど、認知症のメカニズムや治療に関する研究は日進月歩している。近年注目されているのは、認知症と「腸」の密接な関係だ。
順天堂大学医学部教授の小林弘幸さんが言う。
「腸は“第二の脳”とも呼ばれ、約1億個もの神経細胞を介して脳と互いに影響し合っています。例えば、“幸せホルモン”とも呼ばれる神経伝達物質のセロトニンは、脳に届けばメンタルの調子や睡眠の質を整え、そのほとんどが腸でつくられている。
脳の病気である認知症もまた、発症や改善のカギは腸にあるのではないかと考えられ始めています」
“腸の穴”から脳に毒がたまる
認知症でもっとも多いアルツハイマー型認知症は、脳内に「アミロイドβ」や「タウタンパク質」などがたまり、それらが神経細胞を傷つけることで発症する。日本栄養コンシェルジュ協会代表理事で医学博士、管理栄養士の岩崎真宏さんが説明する。
「本来、アミロイドβは脳に入り込んだ異物と戦うためのもので、タウタンパク質は脳の神経細胞を正常に保つためのもの。
ところが、何らかの理由で脳から排出されずにたまっていくと毒性を持った“たんぱく質の塊”になり、これが神経細胞を傷つけ、認知症の一因になっていると考えられています」
アミロイドβやタウタンパク質が「脳を守る」という本来の役割を果たせるか、反対に脳を傷つけて認知症を招くかを分けるのが「腸内環境」だ。
「腸内環境が悪いと、一部の悪玉菌の産生物が腸壁を傷つけて粘膜にすき間をつくる『リーキーガット症候群』を引き起こします。するとそのすき間から『リポポリサッカライド(LPS)』などの毒素が血中に入り込み、やがて脳にも影響し、炎症を起こす。
通常はこうした有害物質は血液脳関門(血液と脳の間にあるバリア機能)によってブロックされますが、LPSは間接的に脳機能を変化させます。すると、脳からアミロイドβなどを排出する経路が破壊されて排出が滞り、脳内にたまってしまうのです」(小林さん・以下同)
実際に、慢性的な便秘のある高齢者ほど、認知機能の低下が速いというデータもある。
「便秘などで腸内環境が乱れていると、悪玉菌がアンモニアや硫化水素、インドール、フェノールといった腐敗ガスを産生します。
こうした有害物質も同様に血液を通って脳に届き、炎症を招く。研究段階ではありますが、アンモニアは神経機能を低下させることが明らかになっています」

「日々見菌」「乳酸」が元気な脳の持ち主の証
一方、認知症になりにくい腸は、そのときどきで善玉にも悪玉にもなる「日和見菌」がもっとも多いことがわかってきている。
2019年に国立長寿医療研究センターが発表した研究結果によると、認知症の人の腸には、分類されていない「不明な細菌」がもっとも多かったのに対し、認知症でない人の腸には日和見菌の一種である「バクテロイデス」や「プレボテラ」が多いことがわかった。

同時に、バクテロイデスが多い人はそうでない人に比べて、認知症の罹患率が約10分の1になることも報告された。
「バクテロイデスは、脳の健康維持に欠かせないビタミンB群の合成や亜鉛などのミネラルの吸収・利用に関与している可能性があるほか、今年のノーベル生理学・医学賞でも注目された免疫抑制細胞の『制御性T細胞』を増やす働きもあります。制御性T細胞は過剰な免疫反応を抑制し、炎症を抑えて脳を認知症から守ることができます」(岩崎さん)
腸内細菌だけでなく、「腸内細菌の産生物」も重要だと話すのは、犀星の杜クリニック六本木院長で消化器病専門医の川本徹さんだ。
「腸からの認知症予防において特に重要なのは、ビフィズス菌や酪酸菌、乳酸菌などの善玉菌がつくる『酪酸』『プロピオン酸』などの短鎖脂肪酸や、そのもとになる『乳酸』です。高齢になっても認知症にならない人の腸には乳酸が多く、乳酸は細胞のエネルギー源となり、脳神経をアンモニアなどの有害物質から保護する働きがあります」
整腸や体脂肪減少などの健康効果が期待される短鎖脂肪酸の中でもっとも研究が進んでいるのが酪酸。セロトニンの産生を助け、傷ついた脳神経の再生を促す脳由来神経栄養因子(BDNF)を増やすという。
「腸内環境が整えばこうした短鎖脂肪酸が増え、脳神経が傷つきにくく、再生しやすくなる。悪玉菌はできるだけ減らし、日和見菌とビフィズス菌をバランスよく豊富に持つことが、認知症を防ぐ“最強の腸活”になるのです」(川本さん)
善玉菌+善玉菌のえさ
認知症にならない腸をつくるには、まずは腸内の悪玉菌を減らすこと。相対的に日和見菌を増やすことにつながり、結果的にバクテロイデスやプレボテラも増える可能性が高い。岩崎さんは、第一に食生活を見直すべきだと話す。
「高度に加工され、添加物を含む食品の過度な摂取は腸内細菌叢のバランスを崩し、有害な細菌の増殖を促す可能性があることが、一部の研究で示されています。特にソーセージやハム、インスタント食品などのいわゆる『超加工食品』は避けるべきです」(岩崎さん)
その上で、できる限り善玉菌を増やすこと。そのためにはやはり、食物繊維と発酵食品の摂取が大切だ。食物繊維は便秘を解消するだけでなく、腸内の善玉菌のえさになり、善玉菌を増やす意味でも欠かせない。
「野菜だけでなく海藻類も食べるなど、不溶性食物繊維と水溶性食物繊維を2:1の割合で摂ることと、『善玉菌+善玉菌のえさ』を摂ることです。例えば、ヨーグルト+はちみつ、納豆+キムチなど。腸内で水溶性食物繊維と同様の働きをする難消化性でんぷんの豊富な青いバナナや、冷やご飯などもおすすめです」(小林さん)
岩崎さんは「とにかく野菜を食べてほしい」と念を押す。

「特に『ファイトケミカル』が豊富な緑黄色野菜は、細胞の酸化を防いで脳細胞を守り、認知機能を維持する作用が期待できます。ごぼうに含まれるアルクチゲニン、赤しそのロスマリン酸などが代表的です。果物にもファイトケミカルは豊富ですが、果糖が多く食べすぎはむしろ炎症の原因になるので要注意。
また、大豆製品などの植物由来の食品や、サーモン、いわし、さば、うなぎなどの魚類に含まれるオメガ3系脂肪酸にも高い抗酸化作用があります」(岩崎さん)
腸内環境は10日で変わる
こうした「認知症予防のための腸活食材」をバランスよく食べられるのが、善玉菌と食物繊維を豊富に含む和食。さらに、そこに「コーヒー」「ビタミンD」をプラスすることで、認知症予防効果がより高まる。
「コーヒーのカフェインやポリフェノールには、神経を保護したり血流をよくしたりする働きがあります。また、小腸で『GLP-1』というホルモンを増やし、それが肝臓に届くとBDNFが分泌され、脳神経の再生が促されます。
同時に、腸のバリア機能を高めるためのビタミンDも積極的に摂りましょう」(川本さん)
腸活食は、できる限り毎食、最低でも10日は続けてほしい。
「善玉菌を含む食品を食べても、一部はすぐに排出されてしまう。10日ほど続けて食べることで少しずつ菌が入れ替わり、食べた善玉菌が定着して腸内環境が変わるといわれています。実際に、善玉菌と菌のえさとなる食物繊維を継続して食べ続けると、菌の種類と数が増えることが明らかになっています」(岩崎さん)
食事だけでなく、運動や睡眠も重要。腸管での消化やぜん動運動を管理している自律神経は、運動や睡眠とも相互に影響しており、適度な運動や良質な睡眠は腸のバリア機能や善玉菌の働きを高めることに役立つ。
「認知症予防の腸活なら、運動はウオーキング程度で充分。適度に腸が刺激され、血流が改善されるので、毎日歩きましょう。
夕食は就寝の3時間前まで、入浴は1~2時間前までに終えてください。できれば毎日、39~40℃ほどのぬるめのお湯に15分程度つかるのがベストです。また脳を覚醒させないように、就寝1時間前はスマホやパソコンは見ないこと。脳の血流を改善して自律神経を整えるには、ガムを噛むこともおすすめです」(小林さん)
最期まで元気に、自分の人生をまっとうしたい。今日の腸を整えることが、10年後、20年後の脳を守ることにつながるかもしれない。

※女性セブン2025年11月13・20日号