
子供の頃に好きだったキャラクター、学生時代に夢中になったアイドルや歌手、韓国俳優に歌舞伎役者、タカラジェンヌ、スポーツ選手……誰かを応援し、夢中になる気持ちは、何才になっても“尊い”もの。何かにハマることが「推し活」として一般化し、誰もが推しを持ついま、経済効果や健康効果についても期待されている。人生を豊かにする「推し活」の正体とパワーを改めて分析した。【前後編の後編。前編から読む】
ドーパミンやセロトニンで認知機能も肌ツヤもアガる
推し方は人それぞれだが、推し活をするだけで、体にも心にもいい影響があることが近年、明らかになってきている。
推し活が与えてくれるもっとも大きなメリットは「心の平穏」だと話すのは精神科医で作家の熊代亨さんだ。
「人間は元来、人とのつながりを求める生き物です。中でも大切なのが、人から認められたい、褒められたいという『承認欲求』。人とのつながりが希薄になった令和では、SNSで自分を発信することで承認欲求を満たそうとする流れがありますが、他者と比較したり、攻撃されたりすれば疲弊してしまう。
その点、推しについての発信なら、比較することも、攻撃されることも格段に少ない。推しが褒められているのを見れば自分が褒められているのと同じ気持ちになれて、推しを介してみんなが承認欲求を満たし合える。推し活には敗者がいないので、平穏に心を満たすことができるのです」(熊代さん)
トレンド評論家の牛窪恵さんは「推し活は恋愛に似ている」と話す。
「推しを見たり応援したりすると、快楽をもたらす脳内物質のドーパミンが分泌されることがわかっており、これは恋愛に似た動き。『あの人に会いたい』『笑顔が見たい』という気持ちがかき立てられ、ときめきとモチベーションが高まる。私たちは、推しに恋をしているようなもの。“高齢者施設に入居している女性がJリーガーにハマってみるみる元気になり、自分の足で段差を乗り越えたり、外国語を話せたりするようになった”というケースもあります」

夫と死別し、子供も独立。都内でひとり暮らしとなった女性(58才)は、生きる気力を失いかけていた。
「食事もとれず、夜も眠れず、娘が心配して毎日電話をかけてくるほど。そんな3年前のある日、眠れない夜を過ごした明け方、ボーッとつけていたテレビで大谷翔平選手の試合中継が始まりました。彼の精悍でハツラツとした姿に衝撃を受けて、最後まで中継を見た後に、コンビニに行ってスポーツ紙を買いました。
以来、大谷選手のプレーを見るのが私の生きがい。中継は欠かさずチェックして、2023年のWBCは執念でチケットを買い、CMに出ている商品はついつい買ってしまいます。今年はついにロサンゼルスのドジャースタジアムまで遠征に行きました。娘からは“ほどほどにね”と、今度は別の心配をされています(笑い)」
ドーパミンの効果は長続きしないため、一度推しの成功や笑顔を見ると何度でも見たくなる。『オタクと推しの経済学』の著者で京都橘大学准教授の牧和生さんが解説する。
「推し活が恋愛と異なるのは『与えること』と『与えられること』が一体になっている点。応援したり、お金を使ったりしても、恋愛なら同じものが返ってくるとは限りません。一方で、推し活では“推しの力になっている”と信じた上で応援したり、お金を使ったりできるため、推すことそのものが幸福感につながり、生活に潤いを与えてくれるのです」
兵庫県に住む29才の会社員の女性が打ち明ける。
「私の推しは、生き物じゃありません。私が推しているのは『宝石』。中でも希少石の『フォスフォフィライト』が好きなのですが、本物は300万円以上するので、結晶片のアクセサリーをお迎えしました。それでも値段は5万円と、私にとっては決して安い買い物ではなく、とてももろい石なので傷つくのが怖くて身につけられません。でも、眺めるたびに落ち着くような、ドキドキするような不思議な気持ちになるんです。
“私の手元にフォスフォフィライトがあって、この先もある”ということが何よりうれしくて幸せです」
さらに推し活は、人間関係も円滑にしてくれる。家族や友人と推し活を楽しむのはもちろん、推しがいなければ出会うはずのなかった友人とつながることで世界が広がる。そうして外出の機会が増えれば、健康寿命を延ばすことや認知症の予防にもつながる可能性がある。
「推し活のように、誰かを育てて支える気持ちは、女性ホルモンの分泌を促すともいわれます。実際に、推し活で自律神経のバランスが整い、肌ツヤがよくなる人もいる。観劇や観戦で推しや推し仲間に会うためにおしゃれをするようになれば、自己肯定感や認知機能の向上にも大いに役立つはずです」(牛窪さん)
超高齢時代、健康長寿を促進してQOL(生活の質)を高めるため、推し活が大きな助けになるのだ。