
年間の手術件数は約8万件。この10年で約1.6倍に増えている人工股関節置換術。「変形性股関節症」を発症し、歩行がつらくなってきた人にとって“救い”となる手術だが、「痛い」「怖い」というイメージも。年間260件超の手術を行う名医が、正しくわかりやすく解説。
股関節のトラブルは圧倒的に女性が多い
人工股関節置換術専門医の狩谷哲さんは、「私の患者さんの7割以上が女性」と話す。それはなぜか。
「股関節は骨盤側の『臼蓋』という“屋根”部分に、大腿骨の先にある大腿骨頭(以下、骨頭)がしっかりはまることで、安定して動きます。しかし、日本女性の約7割が、臼蓋が浅く、骨頭が充分に覆われていない『臼蓋形成不全』という骨格だといわれています」(狩谷さん・以下同)
上半身と下半身をつなぐ股関節への負担は大きく、歩行時は体重の3〜4・5倍、床から立ち上がるときには10倍もの圧迫力が股関節にかかるという。臼蓋形成不全の場合、これらの負担が骨頭の一部分にかかるため、臼蓋と骨頭の間にある関節軟骨がすり減って、痛みや変形が起こる「変形性股関節症」になる可能性が高まるというのだ。
「変形性股関節症は40〜50代で発症するかたが多いですが、20代で症状が出る人もいます。必ずしも『高齢者の病気』ではありません」
臼蓋形成不全が直接原因で痛みが出るのは全体の1割程度だというが、妊娠や出産、体重増などで股関節に負担がかかると、一気に発症しやすくなる。
「股関節のみならず、腰や太もも、ひざなど周囲の部位に痛みが出ることも。慢性の腰痛に悩んでいた人が、人工股関節置換術の後に痛みが消えたケースも多々あります」
手術の見極めどきは?
股関節の不調を感じたら、まずは近くの整形外科を受診し、変形性股関節症かどうかを調べよう。
「病気のサインは日常生活に支障を来すこと。『腰をかがめてズボンや靴下がはけない』『足の爪切りが困難』『友人の歩く速度に追いつけない』などが代表的なサインです」
変形性股関節症には4つのステージがあり、手術の適応期は、関節軟骨がなくなってしまうステージ3の後期〜ステージ4だ。
「医師がすぐに手術をすすめることはありません。まずは薬物療法や筋トレ、体重管理などの『保存療法』を3か月ほど行って、状況を見ることになりますが、最終的に決断するのは患者さんご自身です。ただ、手術ができる条件として、ある程度の筋力と体力が必要。あまり先延ばしにすると手術の機会を失う可能性もあります」
手術をする最大のメリットは「生活の質」が上がることだと、狩谷さんは言う。
「日常生活はもちろん、旅行や趣味、運動が再び楽しめ、『人生が変わった』という患者さんは多いです。痛みがなくなるので精神面も安定するようです」
足を動かせるようになると骨に刺激が入るため、骨密度も上がるという。
一方、覚悟しておくべきデメリットもある。
「手術後3か月くらいまでは無理な姿勢をすると脱臼の危険があります。なかでも高度の肥満や認知症、精神疾患のかたは指示通りにいかないことがあるため、そのリスクが高まります。無菌の骨の中を手術するため、感染症の恐れも。膀胱炎や糖尿病、虫歯などがあれば注意が必要です」

何より、術前・術後のリハビリ(主に筋トレ)をしっかりと行って筋力を維持することが大いに重要だ。
「手術で痛みは取れても、不自由なく動かせるかは患者さん自身にかかっています。『海外旅行に行きたい』など、明確な目標を持ったモチベーションの高い人はリハビリを頑張るので、メリットをより享受できていると感じます」
実際の手術はどのようなものなのか。
「股関節を外し、骨頭を取り除いて大腿骨に穴を開け、人工股関節をセットする手術です。骨と接するカップとステム(左下写真)はザラザラした素材で、角砂糖のように細かい穴がある構造の骨に入り込み、約3か月で骨に密着します」
左上が手術前後のレントゲン写真だが、人工股関節の位置がずれたり、痛みや違和感が生じたりすることはないのだろうか?
「専門医はその人の病気の重さや骨格に合わせて人工股関節の設計図を作るため、サイズが合っていれば不具合が生じることはないはずですが、手術経験が浅い医療機関では、サイズが合わず、ゆるみが生じるという事態も起こり得ます。一方、股関節が新しくなっても体を動かさないと骨質が低下し、それが原因でゆるむこともある。リハビリは大事です」
従来、手術部分の切開は15〜20cmが平均だったが、最近では7〜10cmほどに抑えた「最小侵襲手術」が増えているという。
「切開する部分が少ないほど筋肉へのダメージが少なく、回復が早く見込めます」
人工股関節は消耗品で、交換手術が必要になるのでは、という不安も多い。
「確かに、30年以上前の人工股関節は10年もたず、40代の患者が『手術は60才まで待ちましょう』と言われた時代もありましたが、いまは材質や形状および技術が進歩し、20〜30年以上もつといわれています。負荷が少なくなるよう周囲の筋肉を維持してうまく使えば、一生もつ可能性も高い」

変形性股関節症の進行段階
ステージ1:前股関節症
臼蓋形成不全だが関節軟骨があり、関節のすき間が保たれている。筋トレや投薬などの保存療法で改善を試みる。
ステージ2:初期股関節症
関節軟骨が部分的にすり減り、関節と関節のすき間が狭くなっている。骨棘(骨にできる突起)が形成されることもある。上記同様の保存療法を行う。
ステージ3:進行期股関節症
関節軟骨のすり減りが進行し、すき間がさらに狭くなる。場所によっては骨と骨が直接ぶつかり合って空洞ができる。進行後期は手術を検討するタイミング。
ステージ4:末期股関節症
関節軟骨がほとんどなくなり、変形が起こる。関節としての機能が損なわれ、日常生活に支障が出る。保存療法での改善が難しく、手術が検討される。

◆教えてくれたのは:人工股関節置換術専門医・狩谷 哲さん
東京ヒップジョイントクリニック院長。全国から患者が訪れ、これまで執刀した手術件数は約3000件。著書に『1時間で股関節痛が嘘のように消える 人生が変わる股関節手術』(幻冬舎)がある。https://www.tokyo-hip-joint.clinic/
取材・文/佐藤有栄 写真/PIXTA
※女性セブン2025年12月25日・2026年1月1日号