
死の間際、命のともしびがだんだんと消えゆく中で、私たちの体ではさまざまなことが起きている。各器官の機能低下、それに伴う体の不自由、そして脳も衰える細胞を守るため急速な働きを見せる。死を待つだけの人に起こる“奇跡のような現象”を目の当たりにしたとき、何をすべきだろう。
誰にでも死は平等に訪れる。ただし「死期」を決めることはできず、それゆえ“最期の別れ”が思っていた形とは違ってしまうケースは多い。しかし、死が間近に迫った人たちと接する看取りの現場の医師たちは、その瞬間が迫るとき、しばしば不思議な現象に遭遇するという。笑医塾塾長・癒しの環境研究会理事長で外科医の高柳和江さんは「自分の死のタイミングを察する人がいるのは事実」と話す。
「緩和ケアを受け、終末期に入っていた高齢の女性が、それまではふつうに元気に過ごしていたのに、急に“私、今日死にますから、先生を呼んで”と言って布団を自分で敷いて横たわった。そして医師が来ると同時に顔色が悪くなり、血圧が下がって2時間ほどで亡くなった──そんな死の直前に、本人が察するという不思議なことが起こるのです。それは決して本人が死を意識しているからではなく、逆に生きることをしっかり考えているから何かしらの前兆に気づきやすいのではないかという指摘もあります」(高柳さん)
カウントダウンは複数の兆候で判断
不慮の事故や突然死を除けば、いわゆる「死の直前」とは病気や老衰などが進行し「回復が困難で、死が避けられない」状態を指す。看取りの現場で多くの死に立ち会ってきた川崎市立井田病院在宅緩和ケアセンター・一般社団法人プラスケア代表理事の西智弘さんは、こうした「終末期」の定義についてこう話す。
「一般的には、かなり死が差し迫っている状態のときに終末期という言葉を使います。呼吸が止まる、心臓が止まるのが差し迫り、“覚悟を決めておいた方がいいでしょう”というような状況で、期間としては余命1〜2週間くらいを指します」
実際に、死の1〜2週間前には体や心、脳などの各器官で、さまざまな「兆候」が現れると医師たちは口を揃える。
「表面的な体調の変化としては、食欲がなくなることがいちばん多いですね。老衰でもそうですが、のどの筋肉が充分に動かなくなって、嚥下ができなくなる。食べなくなって体力が落ちると、最期が近くなります。そんなときに、逆に胃ろうを作って楽しく生きている100才のかたもいらっしゃいます」(高柳さん)
西さんがほかの兆候について続ける。
「呼吸が弱る、やせていく、皮膚の色が変わってくるなどの兆候は、いろいろな論文などから明らかになっています。皮膚の色が変わるのは、血液の循環が悪くなるから。黄色っぽくなったり、人によっては黒っぽくなったりもします。また血流が悪いので肌荒れが進むかたもいます。
このように、私たちはひとつの兆候だけでなく、総合的に見て終末期だと判断していきます」

1〜2週間前よりもさらに直前である「亡くなる前の1〜2日のなかで起こることもたくさんあります」と話すのは、東北大学大学院医学系研究科保健学専攻緩和ケア看護学分野教授の宮下光令さんだ。
「血圧が下がり、末梢の血管が収縮し、皮膚、特に末梢の指先や足先が冷たくなります。これは心臓や脳など大事なところに血液を回すため、末梢は後回しにするという体の自然な反応だと考えられます。そこでなんとか血圧を支えよう、体内の水分を保とうとするがゆえに、尿の量も減少します。
呼吸も不規則になり、数秒から数十秒ほど止まった状態が続いたり、下顎呼吸といって、あごで呼吸をして苦しそうに見える呼吸になることも多いです」
さらに最近の研究では、「ほうれい線が垂れる」ことが兆候として挙げられているという。
「筋力が全体的に低下し、筋肉が弛緩するために頬がたるむことによるものです。昔の看護師さんの間では『鼻がとんがってきた』といわれていました。不思議だなと思って聞いていたのですが、寝ている状態でほうれい線が垂れると、ほっぺたのあたりが下がり、相対的に鼻が上がるのです」(宮下さん)
体の内部では、各臓器の機能低下も進む。呼吸が苦しそうになるのは肺の呼吸機能が下がるためだが、それだけではない。西さんが説明する。
「肝臓の解毒機能が落ち、腎臓の老廃物を濾過する力が落ちるなど、全体的に機能が低下します。脳の機能低下によって認知症のような症状が現れ、せん妄状態や昼夜逆転、夜中に突然混乱に陥るといったことも起こります。
このように機能低下によりエネルギーの節約が必要になることで、意識の状態が変わり、寝ている時間が長くなっていきます」