《貧乏人同士の連帯》韓国出身の同世代の大学教授から取材を受けたオバ記者の共感と驚き 「私、貧乏人の子なんですよ」に「私も」と。「なんで日本で教授にまでなれるのよ」
そろばん特待生
「韓国にはいろんな特待生の制度があって、私はそろばん特待生だったんです」と申さん。「そろばん? てことは、そろばんがすごく上手だったの?」と聞く。「願いましては~」というフレーズとともに、そろばんの珠の音が耳の奥で急によみがえってきた。小学3・4年生の2年間だけ、私がした唯一の習い事がそろばんだ。
だけど超劣等生で、何回受けても5級に合格しない。最初は励ましてくれていた先生もだんだん“腫れ物扱い”をするようになった。それも傷ついたけど、母親と祖母から「もう、隣近所にみっともないからそろばんなんかやめちまえ」って連日激怒されたのはキツかった。そろばんにはロクな思い出がない。
それで「そろばんがすごく得意だったんですか?」と聞いたのだけど、「いえ、全然です。でも特待生として学費をもらっていたので、ある一定の成績を収めないと大変なことになるんです」と言う。
昭和30年代から40年代半ばまでの日本の教育もそうだったけど、韓国も負けず劣らず、いや、もっとハードだったんだね。私は高校入学で闘いをやめたけれど、申さんはもっと長い道を歩いたんだよね。
(ああ、いかんいかん)──突然私は素に戻った。
「私、このままだと、申さんに聞きたいことがありすぎて、申さんの仕事のジャマをするに違いないの。ここは切り替えて、ちゃんとインタビューされますっ」と私。その後は、貧乏人の子同士の連帯で、とても内容の濃い話になった。
それにしても、申さんの語学力や表現力には驚かされた。彼女が来日したのは1986年だ。その前に1年間、韓国で日本語を学んだだけで日本の大学に入学し、大学院にまで進んだという。世には優秀な人がいるから、そこまでは、ギリ、私の想像が及ぶんだけどね。インタビュー後に送られてきた事前チェックの原稿を読んで、また驚かされた。その原稿がうならせるんだわ。「どうぞ、気になるところがあったらどんどん手を入れてください」と言われたけれど、手を入れる必要などまったくありません。脱帽でした。
そのインタビュー記事は5月半ばに韓国語のサイト(「Mirae Asset 投資と年金センター」Webマガジン)で配信予定です。ご興味あるかたは翻訳アプリなどを使用してご覧くださいませ。
※女性セブン2026年5月21・28日号