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《緩和ケア医が語る「極上の最期」の迎え方》「家族や友人など親しい人と人生会議を開いて、自分の意思をしっかり伝える」

緩和ケア医の関本雅子さん
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 すべての人に必ず平等に訪れるのが「死」。誰もが直面して初めて経験する未知の舞台だ。だからこそ、後悔なく、理想的で、最高の大往生を迎えたいと願うのは当然だろう。臨床の現場で「命のともしびが消える瞬間」に向き合ってきた名医に自身はどのような「極上の最期」を思うのか聞いた。

「75才を迎えた時点で、エンディングノートを書きました。それまで手が出なかったけど、後期高齢者になったことをきっかけに思い切って書き始めたんです」

 そう語るのは緩和ケア医の関本雅子さん(76才)。

 在宅療養支援診療所である、かえでホームケアクリニック顧問としてこれまで約4000人を看取った関本さんは、理想とする最期について「穏やかな時間」を挙げる。

「清潔な場所で大好きな音楽を聴きながら穏やかに過ごして最期を迎えたいです。痛みや苦しみはできるだけ少なくありたい。症状が楽になるようにお世話をしていただきたいなと思います」(関本さん・以下同)

 どれだけ理想を思っても、自分で自分の世話をすることには限界があり、自分で判断することすら難しくなる可能性がある。だからこそ関本さんはエンディングノートを書き、「自分の希望を周囲に伝えることが大切」とも説く。

「元気なうちにどのような死を迎えたいかを話し合う、いわゆる『人生会議』をするのは自分にも家族にも大切なことです。特に伝えておきたいのは延命治療についての思い。高齢になるといつ倒れてもおかしくないけど、事前に本人の意思表示があれば医師はその意思に従って処置できます。私自身、突然倒れて呼吸困難になったらまず徹底的に延命治療をしてもらい、10日ほど経っても回復の兆しがなければ、人工呼吸器を外してほしいと家族に伝えてあります」

長男はクリニックの3階に転居して亡くなる1か月前まで仕事をし、最期まで人生を走り切った
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 関本さんは緩和ケア医として多くの忘れがたい旅立ちを見届けた。そのひとりが2022年4月に亡くなった関本さんの長男の剛さんだ。

 緩和ケア医だった長男はクリニックの院長を引き継いだ1年目に、余命2年余りの肺がんと診断された。その際、長男は悔しさを押し殺して「過去を振り返っても変えられないから、これからの時間を大事に過ごしたい。それに協力してほしい」と語った。

「それから息子は緩和ケアの普及啓発に全力を注ぎ、クリニックにいる末期の患者さんに寄り添い続けました。残された時間に何をしたいか家族としっかり話し合う人生会議を行い、死に備えるだけでなく日本酒の飲み会やフットサル、家族旅行のスキーなども目いっぱい楽しんでいました」

 やがてがんの脳転移が悪化し、治療中に長男の意識がなくなった。ここまでかと関本さんは観念したが、「まだお別れができていない」という長男の妻の訴えに、医師が最後の可能性に懸け脳圧を下げる手術を施すと奇跡的に意識が戻った。それからの20日間を大切な人と過ごした後、静かに旅立った。

「息子は妻が作る大好きなカレーを食べ、子供たちとたくさんしゃべってお花見もできました。その姿を見て、わが息子ながら立派だなと思いました。自分がやりたいことをみんなに伝えて、実際に好きなことをどんどん実行できたのはまさに理想の最期でした」

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