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「人の逆を行き、常に先駆者たれ」17才で女医になった祖母の教え【第4話前編】『YES!逆張り人生~高須克弥物語~』

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すべて想像の逆を行く男、高須克弥の破天荒な人生を描く連載『YES!逆張り人生~高須克弥物語~』!  読めば悩みが全て吹き飛ぶ、そんなパワフルすぎる人生を、どうぞご堪能あれ。

第4話:祖母イマという医者の話【前編】

子供時代の高須克弥(左)と、祖母のイマ(中央)、妹(右)。「皆の逆を行く」という「逆張り」の発想は、祖母の教えによって形作られた。(本人提供)
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 克弥が12歳の時に父親が亡くなって以降、母は医業に専念し、隠居していた祖母、イマが克弥の教育に乗り出すことになる。

 克弥は絵を描くのが好きで、漫画を読んでは真似て描いていた。自分には医者になるという選択肢しかないのは分かっているが、それでも漫画家になれたらいいなという淡い夢を抱いていた。それを知ったイマは怒り狂い、

「ポンチ絵なんか読んどるとバカになる!」

と漫画を全て燃やした。祖母は誰よりも怖い存在だが、それでも克弥は精一杯、屁理屈をこねる。

「でも手塚治虫は阪大の医学生だよ。医者でも漫画を描く人がいるんだ」

「そんなんはクズ医者だわ!」

 手塚治虫をも一刀両断するこの祖母の存在が、克弥の性格の大部分を作ったと言っても過言ではない。

中学1年生の時に父が亡くなり、葬儀の喪主は克弥が務めた。(本人提供)
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 イマは明治の世に、東京医学校という医者の開業試験のための予備校になんと15歳で入学した。生徒の中に女性はわずか3人。あまりに珍し過ぎて「医者になろうなんていう女は嫁の貰い手のないドブスだ」という意味から「醜婦の保護所」と揶揄されていた。イマはそれに我慢ならなかった。なぜならイマはおっさんみたいな顔をしていたからだ。特に笑顔が、である。

 そこでイマは女であることを隠すことに決めた。つけ髭をして男装し、高下駄を履いたバンカラキャラで登校し、そのまま2年間、通い続けた。漫画みたいな話だが事実である。卒業式では同級生に「高須、お前女だったのか!」と驚かれたという。当時17歳。見抜けない同級生も間抜けだが、イマの負けん気もすごい。

 医者になったイマは故郷一色に帰り、開業する。人力車に乗って往診するのが偉い医者とされる中、イマは小回りが利くという合理性を重視し自転車で往診した。当時日本に女医は40人足らず。まだ国産の自転車がない時代に、洋装で外国製自転車にまたがる17歳の女医など日本中に存在しなかった。あまりに若過ぎて医者として信用されないため、20歳と嘘をついたほどである。

「人の逆を行き、常に先駆者たれ」

 イマ自身がこの「逆張り」を実践し、克弥にも教え続けた。

 そんなイマによって漫画を失った克弥は家にいてもすることがない。仕方がないのでおやつのバナナを片手に町に出る。当時貴重だったバナナなど見たこともないいじめっ子たちが寄ってくる。

「おい白ブタ、それうまいんか?」

「もちろん美味しいよ。特別に君が持ってるその干し芋と交換してあげてもいいよ」

 いじめっ子が喜んで芋を差し出すと、克弥はバナナをむき、ゆっくりと食べて、残った皮を渡した。

「え? これ?」

「これは秘密だけどね、バナナのほんとーに美味しいところは皮なんだよ」

 克弥が言うといじめっ子は口に放り込み、「うまいうまい」と小躍りした。この話をウケると思って祖母と母に話すとひどく怒られ、蔵に閉じ込められた。(中編につづく)

最新話は発売中の女性セブン本誌に掲載!
バックナンバーはWEBにて週2回、木曜・月曜AM8:00に更新中!!
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【プロフィール】
家守鷹主(いえす・たかす)/テレビ局プロデューサーとして高須克弥氏と出会い、十数年来の友人。今回、その人生を小説として描きたいと依頼したところ、高須氏は一言“YES”と快諾し、ペンネームも命名。かくして、希代の人生物語が幕を開けた。

高須克弥(たかす・かつや)/1945年、愛知県生まれ。医師(美容外科、整形外科、形成外科。学位は医学博士)。2018年に自身の全身がんを公表(発病は2014年)。

※女性セブン2026年6月25日号