
日本中が熱狂したご成婚からおよそ8年半が経った2001年12月1日。宮内庁病院で待望の赤ちゃんが元気な産声を上げた。世紀のご出産に心を尽くし、両陛下に寄り添った医師が四半世紀越しに明かす、お二人の愛に満ちた300日──。【前後編の前編】
「6月9日にご成婚33年を迎えられた天皇皇后両陛下は、いかなるときもお二人で支え合ってこられました。それは私がかつて東宮御所で初めて両陛下にお目にかかったときから変わりません。雅子さまが妊娠された当時、『妊婦健診は妊娠した女性が定期的に産婦人科を受診するもの』という考えが一般的でしたが、陛下は毎回雅子さまに付き添われ、お腹の中の小さな命の成長をお二人で見守り続けました。
夫婦の間に起きた喜びは必ずお二人で分かち合う。それを33年間体現し続けてこられたのが両陛下なのだと思います」
そう語るのは雅子さまのご出産に際し、東宮職御用掛として主治医を務めた産婦人科医の堤治さんだ。1976年に東京大学医学部を卒業した堤さんは、米国留学などを経て1999年に東大病院の産婦人科で教授に就任。50年にわたり日本の産婦人科医療の最前線を走り続ける名医が、御用掛就任から愛子さま誕生までの300日を初めて告白する。
両陛下は6月13日から26日にかけてオランダ・ベルギーを公式訪問される。「オランダでは歓迎式典や戦没者記念碑へのご訪問、ベルギーでは午餐会や歴史的建造物のご鑑賞などを予定されています。雅子さまは2004年に適応障害と診断されて以降、ご自身の体調と相談しながらご無理のない範囲で公務を果たされてきました。一度に複数の国を訪れるのは実に24年ぶりとなります」(皇室記者)

エリート外交官として世界中を飛び回られていた雅子さまが、皇室に入る決意を固められたのは、33年前のこと。1993年6月9日、「結婚の儀」を終えたお二人は祝賀パレードに臨まれ、沿道に詰めかけた20万人に晴れ姿をお披露目された。
だが、そのとき雅子さまが浮かべられたまぶしい笑顔は、徐々にぎこちないものになっていった。
「ご成婚直後の1年間で雅子さまは80回以上もの公務を担われました。多忙と一挙手一投足が常に注目される精神的な負担からか、雅子さまは時折、くもった表情を浮かべられるように。そして慣れない公務や皇室のしきたり以上に重圧となったのが、皇室に入ってから日に日に高まる、ご懐妊への期待でした」(前出・皇室記者)
当時、皇室で先に子供を授かったのは秋篠宮妃紀子さまだった。1991年に眞子さんを、1994年に佳子さまを出産され、国民の間で祝福ムードが広まっていった。
「同時に、眞子さんも佳子さまも女性で皇位継承権を持たなかったため、雅子さまのお世継ぎご出産への期待が膨らんでいたのです」(前出・皇室記者)