
在位されていた30年間で国民に寄り添う「平成流」を確立された上皇ご夫妻。そのお姿を間近でご覧になっていたのが、秋篠宮ご夫妻だった。皇室のあり方が転換点を迎えるいま、両者の距離が再び急接近しているようで──。
人目を避けるように上皇ご夫妻と話し込まれる秋篠宮さまの姿
今夏も酷暑が続く日本列島。厳しい日差しは東京ドーム11個分の敷地に豊かな森が広がる赤坂御用地(東京・港区)にも容赦なく照りつけ、体温に迫るような気温の上昇は、御用地内の仙洞御所にお住まいになる上皇ご夫妻の日常をも脅かす。だが、おふたりが抱えられる悩みはそれだけではない──。
令和への御代がわりから8年、上皇ご夫妻はそれまでの多忙な毎日とは一転して、御用地内での散歩や読書など、静かで穏やかな日々を営まれてきた。
「規則正しい生活を送られる上皇ご夫妻ですが、ここ数年は立て続けに体調を崩される場面がありました。美智子さまは2024年秋に右大腿骨を骨折され、入院と手術を経て、一時は車椅子生活に。しかし、その後は朝夕2回のリハビリに励まれ、1か月後にはヒールを履いて外出されるなど、不屈の精神でけがを乗り越えられました。
上皇さまは昨年5月と7月に心臓の精密検査と治療のため2度にわたり入院。現在も定期的に通院されています。バイパス手術から10年以上が経過し、心臓の状態は予断を許しません。
それでも今年5月にはおふたりで神奈川県・葉山御用邸で静養され、地元の人たちと交流されるなど元気なお姿を見せられました。ただ、骨折から快復された美智子さまですが、1日のうち午後の時間帯は慢性的な微熱に悩まされるなど、ご体調は一進一退を繰り返しています」(皇室ジャーナリスト)
上皇ご夫妻が暮らされる御用地内には、秋篠宮ご一家のお住まいもある。
「悠仁さまが大学に進学される以前は、散歩中にトンボの採集や観察をされているところに出くわすこともあり、思いがけない孫との交流を楽しまれていたといいます。一方、秋篠宮ご夫妻は公務で全国を飛び回られているため、遭遇する機会は限られていました。
しかし、国会での皇室典範改正に関する議論が活発になった頃から、秋篠宮さまが上皇侍従職にご夫妻の散歩の時間帯をお尋ねになることが増えたそうです。実際にその時間に合わせて御用地内に姿を見せられることもあり、人目を避けるように秋篠宮さまが上皇ご夫妻と話し込まれるお姿が目撃されています」(宮内庁関係者)

平成の時代、当時の東宮ご一家に比べ、両陛下と近い距離にあったのは、秋篠宮ご一家だった。
「とりわけ紀子さまは、美智子さまをお手本として女性皇族としての立ち居振る舞いを学ばれてきました。また、折を見て眞子さんや佳子さま、悠仁さまを連れて皇居をお訪ねになっていたほか、上皇ご夫妻のご静養に途中からご一家で合流されたことも、一度や二度ではありません。対照的に、東宮ご一家が皇居を訪れる機会は少なく、上皇さまがそのことを不満に思われていると報じられたこともありました」(前出・皇室ジャーナリスト)
上皇さまが生前退位のご意向を持たれるようになった2012年頃から、上皇さま、陛下、秋篠宮さまによる「三者会談」が月に一度のペースで行われるようになる。
「この三者会談は美智子さまの発案だったとされ、会談後の昼食には美智子さまも同席し、皇室の将来についての思いや考えをご家族で確かめ合われていました。このときも陛下が先にお帰りになった後、秋篠宮さまだけが皇居に残られ、上皇ご夫妻と過ごされるお姿が目撃されています」(前出・皇室ジャーナリスト)
最近の秋篠宮さまと上皇ご夫妻の面会は、お三方の“極秘会談”が再び復活していることを示す。その理由について、前出の宮内庁関係者は「実は皇室典範改正の影響を大きく受けるのは、皇位継承者である悠仁さまと未婚の女性皇族である佳子さまを両方抱える秋篠宮家。秋篠宮さまは、おふたりのご結婚を含めた将来や皇室の伝統のあり方について、上皇ご夫妻のご意見を頼りになさっているのではないか」と語る。
美智子さまは2009年、ご成婚から50年の節目に行われた会見で「皇室の伝統」について問われ、《型のみで残った伝統が、社会の発展を阻んだり、伝統という名の下で、古い習慣が人々を苦しめていることもあり、この言葉が安易に使われることは好ましく思いません》と踏み込んだ発言をされたことがあった。
「美智子さまは、男系男子での継承に固執した今回の皇室典範改正には疑問を抱かれているのかもしれません。秋篠宮さまは8月中旬のパラグアイご訪問の前に記者会見が予定されており、当然、今回の皇室典範改正についても質問が飛ぶことが予想されます。ご自身の思いをどこまで披瀝することができるのか、上皇ご夫妻のご経験やお考えを確認しておきたかったのではないでしょうか」(前出・宮内庁関係者)