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「すげえ!顔が変わっちゃった」青年・高須克弥が衝撃を受けた整形術【第11話前編】『YES!逆張り人生~高須克弥物語~』

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すべて想像の逆を行く男、高須克弥の破天荒な人生を描く連載『YES!逆張り人生~高須克弥物語~』! 読めば悩みが全て吹き飛ぶ、そんなパワフルすぎる人生を、どうぞご堪能あれ。

第11話:美容整形と出会う話【前編】

 1970年、克弥は25歳の時に西ドイツのキール大学整形外科へ留学した。昭和医大との交換留学という形だったが、実際は日本から行くだけでドイツからは誰もこない。

「日本の医学に学ぶものなどない」

 それほど日本の医療は遅れていた。

 克弥はドイツで主に人工股関節について学んだ。当時の日本では、骨折したら骨がつくまでギプスでガチガチに固め、数ヶ月後に落ちた筋肉を戻すリハビリをするのが主流だったが、ドイツではすぐにプレートや釘で固定して、一日でも早く社会復帰させる。

──関節が壊れても人工股関節に取り替えれば長期入院しなくて済む。これはいい。

 克弥は初めて見る技術に夢中になった。

 そんな留学中に運命の出会いがやって来る。ある日、担当のローテダー教授が意外なことを言った。

「今日は私の鼻を手術する」

 そのユダヤ人教授の鼻は、見事な鷲鼻だった。克弥が「病気なのか?」と聞くと、「いや。ただこの大きな鼻がコンプレックスだったから、形を変える」と説明した。

 指導を受けた弟子たちが手術を始める。鼻の出っ張ったところをノミで削り落とし、両脇の骨を寄せて蓋をする。実にシンプルだが、出来上がった鼻は細く美しくなった。

「すげえ! 顔が変わっちゃった」

 克弥は魔法を見ているかのような衝撃を受けた。当時の日本の医療には、形を変える時は、何かを入れて増やす発想しかなかった。しかし目の前では減らしている。まして病気でもない箇所にメスを入れ、コンプレックスを克服するなどという“医療”は聞いたことが無い。自分の常識を大きくはみ出たその光景は、克弥の価値観を根本から揺さぶった。

 その後も克弥はエラを削る、顎を短くする、上向きの鼻を下向きにするなどの手術に立ち会い、目から鱗が落ちまくった。

 しかしこの運命の出会いがすぐに克弥を美容外科医にさせた訳では無い。大学院卒業後に克弥がまずすべきことは、実家の高須医院を継ぐことだった。そもそもそのために医者になった訳だし、祖母と母が細々と続けている経営を安定させなくてはならない。この当時の高須医院はどうだったのか? それを語るのに欠かせない一人の少女がいる。

 その少女は一色町の農家の娘で、名前は鈴木ミユキといった。1969年、ミユキが中学を卒業する頃に、「いい子はいないかね?」と、逆なまはげのように近所を聞いて回っていたのが克弥の母、登代子で、看護婦をスカウトしていた。評判の良かったミユキはすぐに誘われたが、「進学する高校は看護学校ではないし、興味がない」と断った。しかし登代子が珍しい食べ物や果物を贈り続け、遂にミユキの親が「こんなにいいものを食べさせてくれるなら行ったら?」と完落ちしたので、ミユキは仕方なく高校を定時制に変えて、高須医院に住み込みで働くことになった。登代子が金にものをいわせた結果である。

ミユキをスカウトしたのが、克弥の母・登代子だった。(本人提供)
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 その日から刑務所のような生活が始まった。看護助手との名目で、掃除、洗濯、雑用となんでもやらされた。更に、イマ、登代子と同じ敷地内に寮があったので、生活の全てを管理された。実家に帰れるのは盆と正月くらいで、それも日帰りだったというから恐ろしい。15歳の少女にとって、唯一心休まる時間が夜間学校だったほどである。

 そんなイマと登代子を頂点とする女だけの空間に、ある日、一人の男がやって来る。オイルショックでガソリンがない時代に、その男はバカデカいアメ車で乗りつけてくるのだが、燃費が悪すぎて辿り着かない。高須医院に繋がる坂の下で、ガス欠で止まっているのを皆で押さなくてはならなかった。ミユキを含めた看護婦全員が、汗だくになりながら無駄にデカい車を押し上げた後に、登代子から言われるのが、

「じゃあ、洗車しておいて」

 である。登代子が去っていくのを確認した後に、今度は先輩たちが消えていく。一番下っ端のミユキが一人で洗車しなくてはならなかった。

──ここには鬼しかいないのか?

 この車の持ち主こそがここの御曹司、高須克弥だったのである。(後編につづく)

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【プロフィール】
家守鷹主(いえす・たかす)/テレビ局プロデューサーとして高須克弥氏と出会い、十数年来の友人。今回、その人生を小説として描きたいと依頼したところ、高須氏は一言“YES”と快諾し、ペンネームも命名。かくして、希代の人生物語が幕を開けた。

高須克弥(たかす・かつや)/1945年、愛知県生まれ。医師(美容外科、整形外科、形成外科。学位は医学博士)。2018年に自身の全身がんを公表(発病は2014年)。

※女性セブン2026年9月3日号