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《ママがもうこの世界にいなくても》その後の父娘の日々“ママがいない現実”の中で募る思いと葛藤「いまもこれからもママに会いたいよ」

娘に精一杯の愛情を注いだ和さん
写真3枚

 ステージIVの大腸がんと向き合いながら、娘を出産した遠藤和さん。闘病の末、24才でこの世を去る直前までつづった手記『ママがもうこの世界にいなくても 私の命の日記』には、和さんの力強い言葉が並ぶ。そして、文庫版だけに収録された《あの日から、僕らは》では、その後の父娘の日々がつづられている。和さんの面影を追いかけながら“ママと共に”成長する娘と夫・将一さんの「これから」とは。【全3回の第3回】

いたるところに感じられた面影

〈2021年9月15日(水)

 リビングに、和の写真を飾った。娘を抱いて「ママ、おやすみ」と言った。いや、言ったのは僕だけで、娘は「あうあう」。〉

 2018年に21才で大腸がんステージⅣを宣告された後、2020年7月に長女を出産した遠藤和さん。彼女が残した日記をもとにした映画『ママがもうこの世界にいなくても 私の命の日記』が、いよいよ10月2日に全国公開される。

 和さんが2021年9月8日に旅立った後も、夫・将一さんと娘の日常は続いている。出産から1年2か月ほどの間に和さんが伝えたたくさんの愛情に応えるように、娘はどんどん成長。彼女の手記の文庫版に収録された、将一さんと娘との2人暮らしをつづった《あの日から、僕らは》には、“ママと共に”成長する娘の様子が記録されている。

〈2021年9月23日(木)

 これまで「パッパ」と「ばあば」だけだったおしゃべりの中に、突然「ウメ」が登場したと連絡あり。あれだけ抱っこしているのに、じいじより猫が先だったか。

2022年3月20日(日)

 和の誕生日。

 いつもはリビングの写真の前で「ママ、おはよう」と「ママ、おやすみ」。

今日は「ママ、お誕生日おめでとう」。〉

 めまぐるしく過ぎていく時間の中、和さんの面影はいたるところに感じられた。

2019年12月に、結婚式を挙げた
写真3枚

〈2023年2月25日(土)

 和が使っていたコップを両手で持って、牛乳を飲めるようになった。もう夜8時には寝てくれない。どんどん長く起きていられるようになってきた。夜9時半を回ることもある。

2023年5月9日(火)

 イヤイヤ期、確定。

「ごはん食べる?」、「いや」。「寝る?」、「いや」。

「お風呂入る?」、「いや」、「じゃあ入らないね」、「いや」。

 さんざん繰り返したあと、「だったら自分でやりなさい」と言うと、そっぽを向く。「ごめんなさい」を口にしない頑固なところが、和にそっくりだ。

2023年6月11日(日)

 娘の大好きな場所、京橋の警察博物館に行く。

 将来の夢を聞かれると「おまわりさんになりたい」ではなく「パトカーになりたい」と答える。何度聞いても間違いではないらしい。

 幼稚園ぐらいの頃、ブドウが好きすぎた和も「食べたい」ではなく「ブドウになりたい」と言っていたと千春さん(註=和さんの母)から聞いたことがある。母親に似すぎ。〉

 ママを思い、生活の至る場面で和さんの存在を感じ、姿が浮かぶ。将一さんは目の前にいる娘と懸命に向き合いながら、ママとパパ、2人分の愛を伝えた。

 イヤイヤ期を迎えた娘にも頭ごなしに叱らないのは、「どんなに言うことを聞かなくても、感情を娘に直接ぶつけることはしない」と決めたから。きっと和さんもそうしたはずだ。

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