
「今回の慰問は“覚悟”が違う」――全国13か所のハンセン病療養所を回る杉良太郎は、そう語る。
覚悟とは、「ただの慰問では終わらせない」という決意だ。全国を回り終えたら、厚生労働省特別健康対策監として、ハンセン病患者の家族への補償金が一人でも多くの手に届くよう、国に働きかけると宣言する。家族への補償制度は、すでにある。それでも、差別を恐れて申請をためらう人は、いまだ少なくない。
国が償うべきものを、償う。その一点を見届けるまで、そしてハンセン病問題を風化させないために、力を尽くす。なにより、差別と偏見にさらされ、つらい思いを強いられてきた人たちに「穏やかで、心安らぐ、人生のひとときを束の間でも贈りたい」と真心を込めて、慰問に赴いている。杉の覚悟がぬくもりとなって、注がれる。その想いが届くと、どの療養所でも観客の表情がこの上なく輝くのだ。
今年は、患者の強制隔離を続けた「らい予防法」が1996年に廃止されてから30年の節目にあたる。この年に全ての療養所を訪ねると決めた杉が、5月から慰問を重ね、9月10日に8か所目として足を運んだのが、青森県の松丘保養園だった。日本最北のハンセン病療養所である。
同園でも、会場は杉たちの登場に沸いた。その熱気のなか、施設の職員たちは、
「(入所者の)皆さん、すごく喜んでいる!」、「感動しちゃう! 嬉しいねぇ」
と、笑顔を交わしながら、その様子を見守っていた。
「らい予防法」の廃止によって、差別と偏見を助長した強制隔離、制度としての幕を下ろした。だが、法律が消えても、元患者やその家族に向けられた偏見は、長く社会に残り続けた。療養所に暮らす人の多くは、ハンセン病の後遺症である末梢神経障害で手足や視力に障害を抱え、高齢化とともに身体機能も落ちている。
そう気軽には外出できない人もいる。だからこそ、杉たちから療養所へ赴く慰問の意味も増す。「松丘保養園」には33名(9月10日時点)の入所者がいるが、会場まで行くのが難しい人は、自室からリモートで鑑賞していた。
この日、舞台に立ったのは杉と、妻で歌手の伍代夏子、そして瀬川瑛子の3人。伍代は『忍ぶ雨』『金木犀』『人生にありがとう』を、瀬川は『長崎の夜はむらさき』『バラ色のタンゴ』『命くれない』を披露した。『バラ色のタンゴ』は、芸能生活60周年に向けて8月に発売されたばかりの新曲だ。その最新曲を、瀬川はこの北の地で歌い上げた。
杉が歌ったのは『すきま風』と『明日の詩』。リリースから今年で半世紀を迎える『すきま風』は、どの会場でもとりわけ盛り上がる。杉が主演を務めた時代劇『遠山の金さん』のエンディングで流れたこの曲が始まると、“待ってました”とばかりに「金さん!」コールがかかった。