
27年ぶりに熊本県を訪問された雅子さまは、度重なる災害の影響が色濃く残る地を強行日程で回られた。いつもと変わらぬ笑顔で被災者に寄り添われた雅子さまのお足元には、これまでにない変化が見られて──。美智子さまからの“伝統”を、雅子さまはどう受け止めたのか。【前後編の後編】
黒いローファーをお召しになって
民間出身の女性として初めて皇室に嫁がれた美智子さまは、ご成婚されたその日から国民の注目を一身に浴びてこられた。
「次第に美智子さまはご自身の所作が国民にどう映るのか、常に考え抜かれるようになり、その意識はお召し物にも表れていきました。美智子さまは明治時代に定着した“皇室のフォーマルは洋装”という伝統を重んじられ、人前に出られる際は洋装でいらっしゃることが多い。そして洋装の場合は脚がきれいにみえるようヒールの靴を選ばれることを常とされていました」(宮内庁関係者)
その矜持はご体調を崩されてもなお、揺らがなかった。2024年10月、美智子さまはお住まいで転倒し右大腿骨を骨折。入院と手術を経て、一時期は車椅子を利用されていた。
「しかしその翌月、三笠宮妃百合子さまの薨去に際し、三笠宮家を弔問された際は、杖を突きながらも自らの足で歩まれました。さらに関係者を驚かせたのは足元。このときも、美智子さまはかかとの高い靴をお召しになっていたのです」(前出・宮内庁関係者)

皇太子妃時代の雅子さまは、美智子さまに倣い、ご公務の際の足元は決まってヒール。皇后となられて以降も、パンプスやブーツなど季節に合わせた変化が見られたことはあるが、やはりヒールを選ばれてきた。
しかし、今回の熊本訪問でお召しになっていたのは、靴底がフラットな黒いローファーだった。
「ヒールを履けば自然と腰や背筋が伸びて美しいシルエットが叶います。しかし、長時間の着用は疲労をもたらし、足がむくんでしまうというデメリットも。その点、“ぺたんこ靴”は動きやすく、疲れにくい。特に今回の被災地訪問は飛行機やヘリコプターを何度も乗降し、いくつもの施設を回るハードな日程でした。足腰の疲労を気にせず、お見舞いに集中するために足への負担が少ないローファーを選ばれたのでしょう」(前出・宮内庁関係者)
さらに雅子さまはこの10月、国民スポーツ大会と国民文化祭の開会式に出席するために泊まりがけで青森県と高知県を訪問されるほか、同月末には秋の園遊会も控えている。
「四大行幸啓をはじめとした今後のご公務を完遂するためにお体への負担を最小限に抑えたいというお気持ちが強かったのでしょう。足元がヒールでもローファーでも国民に寄り添いたいというお気持ちに変わりはありません。美智子さまが大切にされてきた思いの“核”を継承しながら、ご自身に合うご公務の形を模索された結果として、今回、雅子さまは新たな選択をされたように見受けられます」(前出・別の宮内庁関係者)