17年間の専業主婦を経て、外資系IT企業で働く薄井シンシアさん(65歳)は、2024年5月に会社を定年退職。有名企業の誘いを断り、6月以降も同じ会社で嘱託社員として、勤務日数を減らして働きつつ、主婦の再就職を支援する組織を立ち上げることにした。「社会に恩返しをしたい」と話すシンシアさんの次の計画とは? 65歳からの働き方をつづるシリーズの最終回は、アイディアマンのシンシアさんが漕ぎだした“冒険”の詳細を伝える。
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「ベース」が欲しくて会社に残った
《20代に目指していたものはキャリア、結婚、子ども。65歳となり、気づいたことは、妥協せずに、望む通りに、キャリアも、結婚も、子どももを手に入れた。が、同時ではない。自分がつぶれないように一個一個にフォーカス。これからの人生は冒険のフェーズ》(2024年5月24日、シンシアさんのX〈旧Twitter〉より。原文ママ、一部抜粋)
私は年始に、自分自身の「体力」「財力」「気力」をチェックします。「体力」は年を取ればとるほど落ちるので、ジムへ通って維持しなければなりません。出勤日が週3日に減ったので、ジムへ行く時間は増えました。
次に「財力」ですが、もうお金はいりません。お金がいらないというのは、貯金が多くて余裕があるという意味ではありませんよ。欲がない生活なので、お金がそんなに大きなファクターではなくなったのです。欲がない生活が出来る理由は、子育てですごく満たされたから。十分に満たされたから、ほかのことはどうでも良い。これだけ満たされる親子関係を、娘と築けたことは、お金には変えられません。
会社に嘱託で残ることにしたのは「ベース」が欲しかったからです。私はすごく単純で、予定がないとダラダラ暮らしてしまいます。会社に勤めていれば、最低限、会社に顔を出さなければいけません。果たすべき予定、用事、約束があるから朝起きるし、それが「気力」になるんです。
年を取って充実している人は社会に恩返しをしている人
ニューヨーク・タイムズなどを読んでいると、年を取ってもイキイキとしている人は、健康と財力があって、社会に恩返しをしている人たちです。英語では、よく「サービス(誰かに何かをしてあげる)」と表現します。私はそれに気づいた時、65歳以降も心穏やかに暮らすカギは、これかもしれないと感じました。
年を取ればとるほど、周りから必要とされなくなります。だから、自分から出て行くしかありません。大企業を退職した人は、よく「社会に出て若い人を育てたい」というでしょう? でも、彼らが必要とされているとは限りません。彼らは自分が役に立つと思い込んでいるだけなんですよ。
私なら、上から目線で「若い人を育てよう」というのではなく、「忙しいの? 代わりにベビーシッターをしましょうか?」と横から手を差し伸べたい。もちろん、向こうから「教えてください」と言われたら共有しますよ。こういう考え方は、私のようにいったん専業主婦をしてから復職した人と、定年まで勤め続けた人との考え方の違いかもしれません。
なぜ10年前にこれを、やらなかったんだろう?
先日、あるメディアに、専業主婦から再就職した知人を紹介して、記事に掲載されました。主婦の再就職が身近な時代になっていることを知ってもらいたかったので、私以外のサンプルとして彼女を紹介しました。
でも、メディアの書き方は「専業主婦から再就職した人は、なかなか雇ってもらえず、すごく苦労して60社に面接をした」でした。もちろんみんな苦労しています。でも、ものすごく苦労したわけではない。彼女の場合は年間1000万円の給料が欲しかったので、妥協せずに60 社の面接を受けた。でも、なかなか雇ってもらえないことと、給料を下げたくないから 60社の面接を受けることは、話が違うじゃないですか。
先日、朝のワイドショーでも、コメンテーターが「誰もが働ける社会をつくりたい」と話していました。それは違うでしょう。「誰もが子育てできる社会」もあっていいんじゃない? 番組をつくる人たちは組織にいるから、「とにかく人を働かせよう」という視点しか持てないんですよ。私は、どちらが上というのではなく、両方の社会をつくればいいと思います。
マスコミの主婦に対する見方は変わりません。だから私自身がウェブサイトを開いて、彼女たちを紹介したほうが早いと思いました。シンガポールにSHER-LIさんという子育て中の主婦がいて、10年ほど前、主婦の就職を支援する「Mums at Work」というサイトをつくりました。先日、彼女にお会いした時、「なぜ私は、10 年前にこれをやらなかったんだろう」と強く思いました。