
2人に1人ががんになる時代、定期的な検診を受けて生活習慣に気を配る予防法や、名医と呼ばれる医師を探して治療に当たるための情報は世にあふれている。一方で、がん治療中や治療後の生活についてはどうか。いまだ根治の治療法が確立しきっていないがんという病とともに生きるために、いつ、誰と、何を話しておくべきか。
治療中の家事や子育て、介護の分担は?
国立がん研究センターの統計によると、2020年に新たに診断されたがんは94万5055例、一方、2023年にがんで死亡した人は38万2504人。2人に1人ががんに罹患するといわれて久しいが、死亡率は男性で4人に1人、女性では6人に1人の割合だ。国立がん研究センター東病院精神腫瘍科長の小川朝生さんが言う。
「がんにはいくつもの種類がありますが、『がん』とひとまとめにした場合、日本での5年生存率は70%くらいです。がんになると、死を連想される人が多いのですが、そうではなくなってきている。予後はずいぶんと長くなってきているのが実情です」
がんの診断を受けたことがある人、あるいはがんと共存しながら生きる人を“がんサバイバー”と呼ぶが、その大変さはあまり知られていない。

「がん患者への理解度は高まってきていますが、がんサバイバーについては国や厚生労働省も理解が追いついていません。がんはそう簡単に亡くなる病気じゃなくなったいま、社会復帰をどうするか、治療中や寛解後にどのような生活を送るかを考えておくことは重要です」(小川さん)
別掲のグラフからもわかるように、治療を続けながら働くのは男性よりも女性の方が多い。20~50代でのがん患者が女性の方が多いことや、乳がんなど早期発見が可能で予後がいいことなどが理由として考えられるが、何才でどんながんにかかろうとも治療の負担は大きく、体力が低下することは間違いない。家事や子育て、収入の面で家族の在り方は一変するだろう。
厚労省の調査によると、がん治療における入院日数はここ20年間で半減した。医療の進化で通院による治療が可能になったからだが、そのぶん家族の負担は増えているともいえる。治療に専念する間、収入はどうなるか、家事や子育て、介護はどのように分担していくのか、ローンや老後資金はどうするか、「家族会議」が必要だ。
手術は成功したのに予想外の落とし穴
3年前に健康診断で乳がんが判明し、手術による摘出を経験したSさん(56才/女性)が話す。
「乳房を切除すれば、腫瘍はとれると医師から言われ、もう子供も大きくなっていたし迷わず切除術を選びました。腫瘍を摘出してしまえば、生存率はかなり高いとも言われ、一時的に休職すればいいだろうと簡単に考えていたんです。
でも、術後に始まったホルモン治療がどうしても体に合わなかった。閉経前後で自分自身のホルモンバランスが崩れていたからかもしれませんが、体がだるく、とても働けず、離職を選びました。それから3年経ちますが、体力的にも気力的にも手術前とはまったく違うので働く自信もなくて……。老後はもちろん、当面の生活費も夫の収入だけでは心許ないのですが、どうすればいいかわかりません」
Sさんが話すように、がんと生きるうえで大きな壁になるのが就労だ。就労の状況はすなわち収入にも直結する。厚労省の調査によると、がんで通院しながら働いている人は男女合わせて約45万人ほどいるものの、診断時に依願退職した人や、なかには解雇されたという人も少なくない。

2012年に35才で肺がんになり、現在はがん患者をサポートする社会保険労務士事務所「Cancer Work-Life Balance」の代表を務める清水公一さんは、治療中にそれまで働いていた会社を辞めた。
「休職を繰り返しながら、5年ほど治療を続けていましたが、休職を使い切ってしまい退職しました。休職制度は会社によって異なりますが、当時ぼくが勤めていた会社は1年に使える休職日数が決まっていて、それを使い切ってしまうと、そこから1年経たないと休職が復活しない仕組みだった。年間の休職が残っていないなかで治療のために入院することになったので、辞めざるをえませんでした。
子供がいるので生活費や養育費の不安はありましたが、休職が続くと給与も満額はもらえないのでそもそも収入が激減していました。休職がなくなったのと同じタイミングで、治療にも目処が立って“治るかもしれない”と希望が持てたので、治療後に資格をとろうと決めたんです」
がん患者が就職しても企業にメリットはない
自分の経験をもとに、同じがん患者をサポートしたいと社会保険労務士の資格取得に向け勉強を始めたが、就職活動をしたこともあったという。
「前職の退職理由と、そこからの空き時間を聞かれるので、自分ががん患者である経緯を話しますよね。そうするとやはり落ちてしまう。2社受けてどちらもそうだったので、就活はやめました」(清水さん・以下同)
そこには、企業の事情もあると清水さんは続ける。
「同じがんでも、ステージが1、2で寛解しているなら別ですが、治療中となると再就職はかなり厳しいです。企業にとってもメリットがありません。東京都ではがん患者を採用すれば補助金が出ますが、これはかなりまれ。逆にいまは障害者の法定雇用率をクリアしないと罰金を払わなければいけないので、そちらが優先されます。がん患者でも就労しやすいよう、企業への補助金制度などが導入されれば大きく変わるはずです」

制度が不充分なことに加え、Sさんのように体力、気力の面で就労が難しいこともある。
「治療を終えて退院した場合でも、最近では再発や転移を防ぐために追加治療が加わることが多くなりました。また、治療を終えても副作用は続きます。例えば乳がんで腋窩(わきの下)など神経が敏感なところにメスが入れば感覚異常や痺れが残ることがあります。こうした体の違和感や体力低下は、数か月、場合によっては数年続くケースも珍しくありません。
治療が終わったとしても、体の違和感を含め、本人にとってはがんに罹患する前と同じにはなりません。再発の不安もあるし、会社の同僚や家族の期待とどのように折り合いをつけるかという精神的プレッシャーのようなものもあります」(小川さん)
NPO法人「がんと暮らしを考える会」理事長で看護師の賢見卓也さんは、「就労できたとしても、働き方には制限が出てしまう」と話す。
「そもそも体力が落ちて、疲れやすくなっているので肉体労働はもちろん、残業が多い仕事などは大変かもしれません。また、がん治療中や治療後は免疫力が落ちるので、人がたくさんいるオフィスや通勤電車は感染のリスクが高くなります。勤務時間が短い、在宅ワークでも働けるなど職種は限られるかもしれません」
小川さんも続ける。
「大腸がんになってストーマ(人工肛門)をつけることになれば、オストメイト対応のトイレがあるかどうかは重要なポイントです。肛門を温存した場合でも、頻便になるかたもいますから1日に十数回トイレに立たなければいけない。トイレに近い席に座らせてくれるといった合理的配慮をしてくれるかなど個々のニーズに合わせた調整が必要ですが、会社の理解はまだ途上なので、治療しながら仕事をする環境を整えるのは容易ではないのです」
付加給付金を知っているか
体力や気力の低下と闘いながら、経済不安を解消するのはがんと生きる当事者、家族にとって大きな「壁」となるだろう。清水さんは、「積極的に公的制度を活用すべき」と断言する。
「日本の社会保障制度は、自分から声を上げないともらうことができないのがほとんどです。ぼくは自分の体の状態から『障害年金』を受給できると知って申請しましたが、これはかなり生活の助けになりました。
また、一部の健康保険組合や公務員が加入する共済組合には『付加給付』という制度があります。自己負担金額はだいたい2万~3万円で、それを上限としてそれ以上は医療費を払わなくてよくなります。
『傷病手当金』も申請した方がいい。基本的に同一傷病につき1回だけですが、その後に2年くらいフルタイムで働いた実績があれば社会的治癒というのが認められて2回目ももらえることは、ほとんど知られていません」

がん治療をはじめとした、多くの医療を支える高額療養費制度の負担増が問題視されているが、制度のひとつである「限度額適用認定証」も知っておきたい。
「高額療養費制度のオプションですが、この交付を受けていれば医療費を一定額以上は支払う必要がありません。高額療養費制度は支払い後に上限額を超えた分が戻りますが、結構時間がかかってしまうので、認定証は持っておくといい」(賢見さん)
制度の活用や申請を含め、体のことや治療のこと、経済的な見通しについて家族会議をする際に、賢見さんは「まず、ソーシャルワーカーに相談すること」をすすめる。
「明確な問題点がはっきりしていれば社労士やファイナンシャルプランナーに相談することは効果的ですが、自分や家族にとって“何が問題かはっきりしていない”状況であれば、まずは病院のがん相談支援センターにいるソーシャルワーカーの力を借りましょう。病状の不安がある中で、家族から家計の話を切り出すのは難しい。ソーシャルワーカーという第三者を挟むことで、円滑に話ができて問題点もクリアになります」

清水さんも言い添える。
「治療が続くのであれば医師や看護師も交えたチームで今後について話すのが望ましいと思います。仕事と治療の両立についても、本人にその意思があっても医師や看護師から見たら難しいケースもあるでしょうし、家族や周囲が両立を望んでも本人が難しいと感じることもあるかもしれません」
医学的見地から意見をもらえば、復職や再就職の際に家族から意向を伝えることもできる。罹患した本人ではなく、家族が会社の制度を利用したり、働き方を変える選択もある。
「たとえば妻が罹患したとして、夫が勤務先の福利厚生を利用して在宅勤務を増やしたり、有給や休職制度を活用することもできます。まずは家族内でコンセンサスをとったうえで、誰がどこに相談、交渉すべきか考えてみるといいですね」(清水さん)
家族の負担は昔に比べて増加
パートナーや両親、あるいは子供ががんになってしまったら、家族の体調への不安を抱えながら、がんとともに現実を生きていかなければならない。
「一昔前と比較して、家族に求められる役割はかなり増えていると感じます。かつては入院での治療が主だったので、家族は面会に来ることくらいでしたが、いまは外来が主流になっているので食事、抗がん剤の薬の管理や副作用のケア、場合によっては通院の送迎など日常生活のすべてを担わなければならない。生計も考える必要があります。
家族の負担が大きくなっているなか大切なのは、家族が共倒れにならないこと。支援団体や家族の会などに足を運び、相談したり、使える社会制度などの情報を集めたりすることも重要だと思います」(小川さん)
就労にあたっては、勤務先と事前にきちんと話しておいた方がいい。

「がんと診断されたり、治療が始まったら、勤務先の就業制度をきちんと調べたうえで家族と働き方を相談し、それを会社側と擦り合わせ、なるべくなら辞めない方がいい。抗がん剤を受けた直後は休ませてもらうとか、通院の日は半休をとるとか、そうした合理的配慮は長年勤めた会社に対しての方が伝えやすいと思います」(清水さん)
直属の上司や人事担当者と話すのもいいが、小川さんは「産業医も使ってほしい」とアドバイスする。
「職場によって状況は異なりますが、人事担当者では治療や体の状態について、どの程度理解しているかには疑問があります。産業医や職場の産業保健のスタッフであれば、治療面についても相談できますし、どのような配慮をしてほしいのか人事を交えて相談できる場合もある。
会社と働き方について交渉するなら、社労士さんも力になってくれます。家族だけでなく、専門家の力を借りた方がよりよい条件で職場復帰することができるかもしれません」(小川さん・以下同)
予後をよく生きるためには、かかりつけ医も必須だ。
「シニアのかただと、手術を受けたことで体力が落ちて寝たきりになってしまうリスクがあります。筋力を維持するためのリハビリ、治療による合併症、別のがんの早期発見など定期的に相談できる医師がいると、本人も家族も心強いです」
がんと生きていく時代、必要な支援を受けるために家族とともにできることはいくつもある。そのかいあって寛解を迎えたならば、“患者を卒業”することも視野に入れよう。
「日本だと、がんに罹患してから10年経っても、20年経っても『自分は患者』だという人が多いのですが、海外では終わりの時期を考えるようになってきました。ヨーロッパでは、治療後5年経てば、がんに罹患した記録を消す“忘れられる権利”とともにがん保険にも再加入できる動きがあります。壁を乗り越えた先には“出口”があるという意識を、今後患者も医師も持つことが求められます」
いざそのときのために、どう生きるかを考えよう。
※女性セブン2025年3月20日号