家事や育児は妻に任せっきりにして、自由気ままに過ごす夫。たまにしたお願いさえも手伝ってくれないとしたら、妻の怒りが爆発して当然です。
そんな妻の悩みにベストセラー『夫のトリセツ』(講談社)の著者で脳科学・人工知能(AI)研究者の黒川伊保子さんに回答してもらいました。
【相談】家事を手伝わず、常に自分優先の夫にイライラ
「夫はとても自分勝手です。子供の塾の送り迎えやマンションの会合など面倒なことはすべて私に任せ、自分は趣味の釣りに出かけたり、家でゴロゴロして好きなように過ごしています。『少しは手伝って』と言っても、何かと屁理屈を言って手伝ってくれません。常に自分優先の夫に本当にイラっとします」(48歳・会社員)
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男性脳と家事をシェアしたかったら、「担当制」にする
マンションの会合なんて、最初から、「不動産のことは男性の仕事だから、私にはとても…」と尻込みするふりをして、押し付けちゃえばよかったのに。
我が家では、結婚して初めてマンションを借りたときからずっと不動産関係は夫の担当。当時は不動産関係に女性が出て行くと舐められる風潮があったので、それを夫に訴えて、以降ずっと夫任せ。夫も、「男の仕事」だと腹を括っているので、きちんとやってくれます。
夫に家事をやらせたかったら、定番のタスク(担当)を決めて、すっかり頼りにして、お任せするのがコツです。
というのも、「男性脳」は空間認知の領域が発達していて、「全体性」や「整合性」にこだわる傾向があり、フレキシブルに「とりあえず、ちょこっと、これだけやっつける」というのが苦手。このため、妻の都合で、急に「あれやって、これやって」と振り回すのは酷なのです。
一方で、定番のタスクを黙々とこなし、スキルアップしていくのは、それほど苦にならないので、担当を決めたほうがいいわけ。
このかたは、きっと「夫の担当」を決めずに、自分が困ったときに、温かく手を差し伸べてくれることを期待しているのではないかしら? 今日はたまたま用事があって行けないという日だけ夫に「今日は塾の送り迎えお願い」という具合に。こういう「降ってわいたタスク」は、「男性脳」を苦しめます。女性の想像をはるかに超えてストレスなのです。
あらかじめ彼の担当にしておくのが最も賢い操縦法
急に仕事を押しつけず、あらかじめ、「これは私の手に余る。助けてくれない?」と頼って、彼の担当にしておくのが、最も賢い操縦法なのです。
というわけで、何でもできる万能主婦でも、何かができないふりをして頼りにするのも、女の知恵です。
私は、電池を変えるのが苦手、ビデオの録画予約が苦手、お風呂場のカビ取りが苦手、ゴミ袋の口を締めるのが苦手、家具の組み立てが苦手、コーヒーを淹れるのが苦手、そばを茹でるのが苦手なので、すべて夫の担当に。
実のところ、電池の中には換えられるものもあるのですが、いったん苦手と決めたら、手を出さないのがセオリー。そのおかげで、「パパ、歯ブラシの電池が切れそう」「パパ、ガスレンジの電池が切れたみたい」と甘えれば、ほどなく新品になっていて、とても快適です(笑い)。
担当に任命すれば、備品管理もやってくれる
彼のタスクの中には、お嫁ちゃんに任命されたものもあります。「パパのおにぎり、最高!」と褒められて、その日から我が家のおにぎり係は彼に。
そうとなったら、海苔にこだわり(上野アメ横の海苔専門店のある銘柄に決めている)、塩にこだわり(宮古島の雪塩がお気に入り)、具材にこだわり、本当にどこで食べるよりおいしいおにぎりを作ってくれるようになりました。今や、家族の誰かが「おにぎり食べたい」と言えば、軽やかに立ち上がって、文句も言わずに握ってくれます。
そばゆでも、コーヒードリップも、同様にさっさとやってくれるのです。家族の誰も夫以上のクオリティを出せないから、彼には使命感があるのです。
こちらも、やってくれるだけじゃなく、乾麺の補充も、コーヒー豆の補充も、彼が担当してくれています。
男性は、使命感に駆られて担当リーダーになれば、やることが本当に徹底していて、気持ちいいくらいです。
「察しない」「置きっぱなし」は許すべし
担当制にするメリットは、他にもあります。
「男性脳」には、察して「妻が望むように」臨機応変に立ち回ることは不可能に近いから。「男性脳」は、妻の動線を把握することも、妻の「困った」を察することも、めちゃくちゃ苦手のです。
もともと狩り仕様に進化してきた「男性脳」は、「遠くの目標に意識を集中する」ために、目の前のことには気を取られないように作られています。
さらに、女性の骨格の動かし方は、男性のそれとは違うので、ちらりと見た妻が何をしているのかを直感でつかむことが困難なのです。
男性脳は目の前にあるものを見逃す
というわけで、妻が、台所→洗濯機→ベランダ→台所というふうに、家の中を行ったり来たりして、家事を片づけているのに、本当に気付いていないわけ。
目の前にあるものを見逃すのも、「男性脳」らしい癖。
冷蔵庫の中の目当てのものが探し出せないし(目の前にあるのに!)、「今からお風呂に入る」のならば、さっき脱ぎ捨てたTシャツを拾って持っていけばいいのに、それを飄々と跨ぎ越して脱衣場に向かうのが、正統派男性脳のなさるわざでもあるのです。
多くの妻は、「少しは手伝ってよ」とキレるけど、そんなざっくりした「願い事」は叶うはずもありません。
上手に彼のプライドをくすぐって、「定番タスク」の担当に任命して、使命感に燃えてもらいましょう。
夫に頼むときはメリットを伝える
夫のプライドをくすぐるには、「あなたにしかできない」と甘えるのが一番。
たとえば、塾の送り迎えをしてほしかったら、「土曜日のお迎えは、あなたが行ってほしいの。子どもたちにもパパと過ごす時間を作ってあげたいから。あなたのことばを聞かせてほしいし、いつか私には言えないことを、パパには相談するかもしれないし」などと、男親の影響力の大きさを強調したりして。
また、彼自身へのメリットをうたうのもいいですね。
「子供なんてあっという間に育っちゃうよ。塾の帰りって案外本音でしゃべってくれるから、あなたにもシェアしてあげたい。あの子が口を聞いてくれなくなる前にちゃんと触れ合っておかなきゃ、寂しくなるわよ」とか、どうでしょうか。
「男性脳」の傾向を理解すれば、急なお願いもうまくいく
「男性脳」「女性脳」の違いを知って戦略を考えることは、この先の長い人生を夫と一緒に過ごすためには必要なことです。
子育てをしながら進化してきた「女性脳」と、狩りをしながら進化してきた「男性脳」では、とっさに使う脳の回路や傾向が異なるもの。
女性は子供を守るために目の前のことをじっと見て、あらゆる変化に臨機応変に対応しますが、狩りをしてきた男性は遠くから飛んでくるものに瞬時に標準があうように脳と眼球を制御しているので、身の回りは定番で固めるほうが遠くに意識を集中できます。だから、男性は行きつけの飲み屋も床屋も友達も変えない人が多いのです。
「定番でお願い」「ポジティブな理由」の2つ
男性に動いてもらうには、「定番でお願いする」「ポジティブな理由をつける」の2つを守るのが鉄則。
そんな男性の傾向を理解していると、「あれして、これして」のような「急な指図」の回数が減るし、どうしてもという場合でも、「お願い」とか「ありがとう」をつけて、丁寧に依頼することができますよね。
そうなれば、夫も動いてくれる確率がぐんと上がります。
「少しは手伝ってよ」というざっくりした期待を投げつけて(当然、夫には理解不能)、何もしてくれない夫へのイライラを募らせても、何の意味もありません。
せっかくなら長い人生、夫とうまく付き合っていきたいもの。だからこそ、「男性脳」の特徴を知って戦略を練ってみてくださいね。
◆「男性脳」「女性脳」について
男女の脳は、解剖学的には大きな違いがあるとは言えません。同じ器官で構成された脳であり、フルスペック(機能の取り揃え)はまったく同じ。ともに完全体です。しかしながら、脳には、「とっさに優先して使う神経回路」があり、その「優先回路」に性差傾向が見られます。
例えば、トラブルが生じたとき、「ことのなりゆき」を解析して、根本原因に触れようとする人と、「今できること」に集中して、危機回避をはかる人がいます。前者は女性の多く、後者は男性に多いのです。
あるいは、何かの気配を感じて緊張したとき、「広い範囲に目を走らせて、動くものに瞬時に照準を合わせる」人と、「近くを万遍なく見て、大切なものから意識をそらさない」人がいます。前者は男性に多く、後者は女性に多いのです。
いずれも、それぞれの脳が、生殖の使命を果たすために優先すべき回路なのでしょう。人類の男女は、互いに別々の「優先回路」を選択することによって、互いを守り合い、子どもを無事に育て上げてきたのです。
「優先回路」の存在と、その性差傾向は人工知能開発の現場で発見され、2013年には、ペンシルベニア大学の研究グループが男女の脳の神経信号特性を可視化して発表しています。
このような「とっさの優先回路の類型」を、私は便宜上、「男性脳」「女性脳」と呼んでいます。
とっさに別々の言動を取る2人は最強のペアなのに、人は自分と違う言動をとる相手にイラつき、愚かだと思い込む癖があります。なぜか多くの人が「脳は万能で、男女は同じ」と信じ込んでいるから。「自分ならこうする」のに、そうしてくれない相手は不誠実だと断じてしまうからです。
私が提唱する“感性コミュニケーション”では、「脳がとっさにすること」にはバリエーションがあり、特に男女は対極の使い方をしがちであると知ることを推薦しています。男女の深い相互理解は、その知からしか始まりません。
◆教えてくれたのは:脳科学・人工知能(AI)研究者・黒川伊保子さん
株式会社 感性リサーチ代表取締役社長。人工知能研究者、随筆家、日本ネーミング協会理事、日本文藝家協会会員。人工知能(自然言語解析、ブレイン・サイバネティクス)、コミュニケーション・サイエンス、ネーミング分析が専門。コンピューターメーカーでAI(人工知能)開発に携わり、脳と言葉の研究を始める。1991年には、当時の大型機では世界初と言われたコンピューターの日本語対話に成功。このとき、対話文脈に男女の違いがあることを発見。また、AI分析の手法を用いて、世界初の語感分析法である「サブリミナル・インプレッション導出法」を開発し、マーケティングの世界に新境地を開拓した感性分析の第一人者。2018年には『妻のトリセツ』(講談社)がベストセラーに。以後、『夫のトリセツ』(講談社)、『娘のトリセツ』(小学館)、『息子のトリセツ』(扶桑社)など数多くのトリセツシリーズを出版。http://ihoko.com/
構成/青山貴子